3.5 慣性力 (Inertial Force) ~加速する乗り物の中は不思議空間?~
はじめに:加速する乗り物で感じる「あの力」の正体は?
発進する電車に乗っていると、グッと後ろに押されるような感じがするよね? 急カーブを曲がる車に乗っていると、外側に引っ張られるように感じる。エレベーターが上に動き出す瞬間、体が重くなったように感じる。 これらの体験、みんなにもあるんじゃないかな?
でも不思議だよね。後ろから誰かに押されたわけでも、外側に引っ張られたわけでもないのに、まるで力が働いているように感じる。 この「感じ」の正体こそが、今回学ぶ「慣性力」 (Inertial Force) なんだ。ただし、これはちょっと特別な力で、「見かけの力 (Apparent force / Fictitious force)」とも呼ばれるんだ。どういうことか、詳しく見ていこう!
慣性系と非慣性系(おさらい)
慣性力を理解する鍵は、「どこから物体の運動を見ているか?」という座標系 (Frame of reference) の考え方にあるんだ。 第2章の慣性の法則で少し触れたけど、もう一度確認しよう。
- 慣性系 (Inertial frame of reference):静止しているか、等速直線運動をしている座標系(観測者)のこと。地面に立っている君から見た世界は、ほぼ慣性系と考えてOK。慣性系では、ニュートンの運動の法則($ma=F$ など)がそのまま成り立つ。
- 非慣性系 (Non-inertial frame of reference):加速度運動をしている座標系(観測者)のこと。例えば、加速中の電車の中、カーブする車の中、回転するメリーゴーラウンドの上など。
問題なのは、この非慣性系から物体の運動を見たときなんだ。 例えば、一定の加速度 $a$ で右向きに加速している電車の中で、天井から吊るされた吊り革が、斜め後ろに傾いたまま静止しているように見えるとする。 電車の中にいる観測者 (Observer) から見ると、吊り革には重力 $mg$ と糸の張力 $T$ しか働いていない。でも、もしこの2力だけだったら、つり合って鉛直に垂れ下がるか、運動するはずなのに、なぜか斜め後ろに傾いて静止している…。これではニュートンの法則(力のつり合い)が成り立たないように見えてしまうんだ!
図1:加速する電車内の吊り革。中の人(非慣性系)から見ると力がつり合っていないように見える?
慣性力とは? ~非慣性系での「つじつま合わせ」の力~
そこで登場するのが「慣性力」だ! これは、非慣性系から見たときにニュートンの法則が成り立つように、仮想的に導入される「見かけの力」なんだ。 実際の相互作用 (Interaction)(触れ合ったり、引力を及ぼし合ったり)によって生じる力ではない、という点がとても大事だよ。
非慣性系に乗っている観測者 (Observer) が、自分が加速していることに気づかず(あるいは、あえてその立場で考えたいとき)、目の前の物体の運動(例えば吊り革が傾いて静止していること)を説明しようとすると、「実際の力(重力や張力)だけではつじつまが合わないなぁ…。そうだ!何か特別な力が働いているに違いない!」と考えたくなる。この「特別な力」が慣性力なんだ。
慣性力の性質
この見かけの力、慣性力には次のような性質があるよ。
慣性力の向き:非慣性系(乗り物など)の加速度 $\vec{a}_{frame}$ とは反対向き。
慣性力の大きさ:$F_{inertial} = m |\vec{a}_{frame}|$
- $m$:慣性力を考える対象となっている物体の質量 [kg]。
- $|\vec{a}_{frame}|$:非慣性系(電車、エレベーターなど)の加速度の大きさ [m/s²]。
つまり、慣性力 $\vec{F}_{inertial}$ は、ベクトルで書くと $\boldsymbol{\vec{F}_{inertial} = -m\vec{a}_{frame}}$ と表せるんだ。
慣性力を使った運動の記述
では、実際に慣性力を使って問題を考えてみよう。ポイントはこれだ!
非慣性系から物体の運動を見るときは、
その物体に働く「実際の力」(重力、接触力など)に加えて、
「慣性力($-m\vec{a}_{frame}$)」も働いているものとして力の図示をする!
そして、慣性力も加えた上で、その非慣性系から見た運動について、
- もし物体が静止して見えれば → 力のつり合いの式 ($\sum \vec{F}_{実際の力} + \vec{F}_{inertial} = \vec{0}$) を立てる。
- もし物体が非慣性系内で加速度 $\vec{a}_{relative}$ で運動して見えれば → 運動方程式 ($m\vec{a}_{relative} = \sum \vec{F}_{実際の力} + \vec{F}_{inertial}$) を立てる。
こうすることで、非慣性系の中でも、見かけ上ニュートンの法則と同じ形の式を使って運動を分析できるんだ。
具体例:慣性系 vs 非慣性系(慣性力)
同じ現象を、慣性系(地面)から見る場合と、非慣性系(乗り物の中)から慣性力を使って見る場合で比較してみよう。
例1:加速する電車内の吊り革
質量 $m$ のおもりがついた吊り革が、加速度 $a$ で右に加速する電車内で、鉛直方向と角度 $\theta$ をなして静止している。
(A) 慣性系(地面)から見る
働く力:重力 $mg$, 張力 $T$。
物体は電車と一緒に右向きに加速 $a$ で運動している。
運動方程式:
水平:$T\sin\theta = ma$
鉛直:$T\cos\theta - mg = 0$
$\implies \tan\theta = a/g$
(B) 非慣性系(電車内)から見る
働く力:重力 $mg$, 張力 $T$, 慣性力 $ma$ (左向き)。
物体は電車内で静止して見える。
力のつりあい:
水平:$T\sin\theta - ma = 0$
鉛直:$T\cos\theta - mg = 0$
$\implies \tan\theta = a/g$
どちらの見方でも、同じ結果 ($\tan\theta=a/g$) が得られる!
例2:加速上昇するエレベーター内の体重計(再訪)
質量 $m$ の人が、加速度 $a$ で上昇するエレベーター内の体重計に乗っている。体重計の示す値 $N$ は? (上向きを正とする)
(A) 慣性系(地面)から見る
働く力:重力 $mg$ (下向き), 垂直抗力 $N$ (上向き)。
物体(人)は上向きに加速 $a$。
運動方程式:
$ma = N - mg$
$\implies N = m(g+a)$
(B) 非慣性系(エレベーター内)から見る
働く力:重力 $mg$(下), 垂直抗力 $N$(上), 慣性力 $ma$ (下向き)。
物体(人)は静止して見える。
力のつりあい:
$N - mg - ma = 0$
$\implies N = m(g+a)$
やはり、どちらの見方でも、同じ結果 ($N=m(g+a)$) が得られる!
慣性力を使うメリット・デメリット
- メリット:非慣性系に乗っている観測者 (Observer) の立場に立って考えると、物体が静止して見える場合などに「力のつり合い」として問題を扱えるため、直感的に分かりやすかったり、計算が楽になったりすることがある。
- デメリット:あくまで「見かけの力」なので、物理的な力の相互作用 (Interaction) という本質を見失いやすい。また、慣性力には反作用が存在しない(作用・反作用の法則は適用できない)。
結論としては、基本的には慣性系で運動方程式を立てて考えるのが物理の王道だよ。でも、非慣性系から考える方が便利な場合もあるので、慣性力という「道具」も知っておくと、問題解決の選択肢が広がる、という感じだね!
【練習】慣性力を使ってみよう! (準備中)
ここでは、電車やエレベーターの問題などを、慣性系の立場と非慣性系(慣性力を使う)の立場の両方から解いてみる練習問題を用意する予定だよ。両方の見方をマスターしよう!
(ここに慣性力練習用JSアプリが入る予定です)