付録A.1:ベクトル (Vector) の基礎知識 ~力の合成・分解をスムーズに~
はじめに:なぜベクトルが大切なの?
このサイトで、何度も「力には大きさと向きがある」と言ってきたよね。物理の世界には、力のように「大きさ (Magnitude)」と「向き (Direction)」の両方を持つ量がたくさん登場するんだ(例えば、速度や加速度もそうだよ)。 これらの量を数学的に正しく扱うための道具が「ベクトル」なんだ。
特に、複数の力を合わせたり(合成 Composition)、一つの力を扱いやすい方向に分けたり(分解 Resolution)するときには、ベクトルの考え方が不可欠になる。普通の数字の足し算や引き算とはルールが違うから、ここでしっかり基本をマスターしておこう! これが分かれば、力の計算がもっと得意になるはずだよ。
ベクトルとは? ~矢印で表現される量~
- ベクトル (Vector):大きさと向きの両方を持つ量のこと。
例:力、速度、加速度、変位(位置の変化) - スカラー (Scalar):大きさだけを持つ量のこと。
例:質量、時間、温度、距離、速さ(スピード)
ベクトルを表すには、主に2つの方法があるよ。
- 図で表現(矢印 Arrow):
- 矢印の向きが、ベクトルの向きを表す。
- 矢印の長さが、ベクトルの大きさ(絶対値)を表す。(通常、同じ縮尺で描く)
- 矢印の根元(始点)が、ベクトルが作用する点(力の作用点など)を表すこともある。
- 文字で表現:
- 文字の上に矢印をつける ($\vec{F}, \vec{v}, \vec{a}$) か、太字にする ($\mathbf{F}, \mathbf{v}, \mathbf{a}$) ことで、ベクトルであることを示す。
- ベクトルの大きさだけを表すときは、絶対値記号を使う ($|\vec{F}|$) か、単に文字だけ ($F$) で書くことが多い。
図1:ベクトルは矢印で表現される(向きと長さが重要)
ベクトルの合成(足し算)
物体に複数の力が同時に働くとき、それらの力を合わせた効果がどうなるかを知りたい場合がある。これがベクトルの合成で、力の合力 (Resultant force / Net force) を求めることに相当するよ。ベクトルの足し算(ベクトル和 Vector sum)には、主に2つの方法がある。
方法1:平行四辺形の法則 (Parallelogram law)
2つのベクトル $\vec{A}$ と $\vec{B}$ を合成する場合:
- $\vec{A}$ と $\vec{B}$ の始点を合わせる。
- $\vec{A}$ と $\vec{B}$ を隣り合う2辺とする平行四辺形を作る。
- 合わせた始点から、対角線のもう一方の頂点に向かって引いたベクトルが、合ベクトル $\vec{R} = \vec{A} + \vec{B}$ となる。
図2:平行四辺形の法則によるベクトルの合成
方法2:矢印をつなげる方法(三角形の法則 / 多角形の法則 Triangle law / Polygon law)
複数のベクトル $\vec{A}, \vec{B}, \vec{C}, ...$ を合成する場合:
- 最初のベクトル $\vec{A}$ を描く。
- $\vec{A}$ の終点から、次のベクトル $\vec{B}$ の始点をつなげて $\vec{B}$ を描く。
- $\vec{B}$ の終点から、次のベクトル $\vec{C}$ の始点をつなげて $\vec{C}$ を描く。
- これを繰り返し、最後のベクトルの終点まで描く。
- 最初の始点から最後の終点に向かって引いたベクトルが、合ベクトル $\vec{R} = \vec{A} + \vec{B} + \vec{C} + ...$ となる。
(もし、最後の終点が最初の始点にぴったり戻ってきたら、合ベクトルはゼロ、つまり力がつり合っているということだね!)
図3:矢印をつなげる方法によるベクトルの合成
ベクトルの分解(成分に分ける)
力の合成とは逆に、一つの力(ベクトル)を、複数の力の合成として表すのが「力の分解」だよ。 特に、運動方程式や力のつり合いを考えるときには、力を互いに垂直な2つの方向(例えば水平方向と鉛直方向、または斜面に平行な方向と垂直な方向)の成分 (Component) に分解することが非常に多いんだ。
なぜ分解するのかって? それは、各方向ごとに力の合計を計算しやすくするためだよ!
力の分解の方法と三角比 (Trigonometry)
ベクトル $\vec{F}$ を、互いに直交する x軸方向と y軸方向に分解することを考えよう。$\vec{F}$ の大きさを $F$、$\vec{F}$ が x軸の正の向きとなす角度を $\theta$ とすると、
図4:ベクトル $\vec{F}$ のx成分 $F_x$ とy成分 $F_y$ への分解
図4のように、ベクトル $\vec{F}$ を対角線とし、x軸、y軸に平行な辺を持つ長方形を考えると、
x成分の大きさ: $F_x = F \cos\theta$
y成分の大きさ: $F_y = F \sin\theta$
となるんだ。これは、直角三角形における三角比の定義($\cos\theta = \text{底辺} / \text{斜辺}$、$\sin\theta = \text{対辺} / \text{斜辺}$)から来ているよ。 物理、特に力の問題を解く上で、三角比($\sin, \cos, \tan$)は頻繁に使うから、もし自信がなかったら、数学の教科書で復習しておこう!
【例題】大きさ 10N の力 $\vec{F}$ が、水平右向き(x軸正)から上向きに 30° の角度で加わっている。この力の水平成分 $F_x$ と鉛直成分 $F_y$ の大きさはそれぞれいくらか? ($\sin 30^\circ = 1/2, \cos 30^\circ = \sqrt{3}/2 \approx 0.866$ とする)
【考え方】
力の大きさ $F=10\text{N}$、角度 $\theta = 30^\circ$。
水平成分 $F_x = F \cos\theta = 10 \times \cos 30^\circ = 10 \times (\sqrt{3}/2) = 5\sqrt{3} \approx 8.66 \text{ N}$。
鉛直成分 $F_y = F \sin\theta = 10 \times \sin 30^\circ = 10 \times (1/2) = 5 \text{ N}$。
【答え】水平成分は約 8.7 N、鉛直成分は 5 N。
まとめ:ベクトルは物理を語る共通言語!
力、速度、加速度など、物理で重要な量の多くは「ベクトル」だ。 ベクトルには向きがあるから、足し算(合成)や分解のルールが普通の数とは違うことをしっかり理解しておこう。
- ベクトルの合成は「平行四辺形の法則」か「矢印をつなげる方法」で!
- ベクトルの分解は「座標軸の方向に分ける」のが基本! 三角比($\sin, \cos$)を使いこなせるように!
特に力の分解は、運動方程式や力のつり合いを考える上で絶対に必要になるスキルだ。このページの図や説明を参考に、しっかりマスターしておこうね!