古文対策問題 009(源氏物語「桐壺」)
【本文】
いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひ給ひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり。はじめより我はと思ひあがり給へる御方々、めざましきものにおとしめそねみ給ふ。同じほど、それより下﨟の更衣たちは、ましてやすからず。朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふつもりにやありけむ、いとあつしくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、いよいよあかずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえ憚らせ給はず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。
【現代語訳】
どの帝の御代であったか、女御や更衣といった多くの妃たちが(帝に)お仕えなさっていた中に、それほど高貴な身分ではない方で、際立って帝のご寵愛を受けていらっしゃる方がいた。最初から「我こそは(帝の寵愛を受けるべき者)」と自負なさっていた女御の方々は、(その方を)心外で気に食わない者としてさげすみ、嫉妬なさる。同じ身分や、それより低い身分の更衣たちは、なおさら気持ちが安らかでない。朝夕の宮仕えにつけても、何かと他の妃たちの心を波立たせ、恨みを受けることが積もったせいであろうか、(その方は)ひどく病気がちになっていき、心細そうな様子で実家に下がっていることが多いのを、帝はますます物足りなく愛おしいものにお思いになって、人々の非難にも臆することがおできにならず、世間の語り草にもなってしまいそうなほどのご待遇ぶりである。
【覚えておきたい知識】
文学史・古文常識:
- 作者:紫式部(むらさきしきぶ)。平安時代中期の女流作家。一条天皇の中宮・彰子に仕えた。
- 作品:『源氏物語』は全五十四帖からなる長編物語。主人公・光源氏の生涯を中心に、恋愛、栄華、苦悩を描き、人間の心理や宿命を深く追求した、日本文学の最高傑作。
- 女御と更衣:天皇の妃の身分。女御は大臣クラスの娘がなる高い位。更衣はそれより下の位。本文の「時めき給ふ」人(桐壺更衣)は更衣でありながら、女御たちをしのぐ寵愛を受けたため、嫉妬の的となった。
重要古語:
- やむごとなき際(きは):高貴な身分。
- 時めく(ときめく):(帝などの)ご寵愛を受ける、時流に乗って栄える。
- めざまし:心外だ、気に食わない。驚きあきれるほどだ。
- おとしめそねむ:さげすみ、嫉妬する。
- やすからず:心中が穏やかでない。不安だ。
- あつし:病気がちである、病気が重い。
- 里がちなり:(宮仕えの女性が)実家に下がっていることが多い。
- あかず:満足できない、物足りない。名残惜しい。
- え~ず:(間に打消の語を挟んで)~することができない。
【設問】
【問1】傍線部「めざましきものにおとしめそねみ給ふ」とあるが、身分の高い女御たちが桐壺更衣をそのように扱った直接の原因は何か。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 桐壺更衣が、女御たちに対して無礼な態度をとったから。
- 桐壺更衣が、自分より身分の低い者たちを見下していたから。
- 桐壺更衣が、帝の寵愛を一身に受けていたから。
- 桐壺更衣が、病気を理由に宮仕えを休みがちだったから。
- 桐壺更衣が、大変な富を背景に贅沢な暮らしをしていたから。
【問1 正解と解説】
正解:3
女御たちが嫉妬した原因は、本文前半に明確に述べられています。「いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふ(それほど高貴な身分ではないのに、際立って帝のご寵愛を受けている)」という状況が、元々プライドの高い女御たちにとって「めざましき(心外で気に食わない)」ことであり、さげすみ嫉妬する直接の原因となりました。身分秩序が絶対的であった宮廷において、身分が低い者が自分たちを差し置いて寵愛を独占することが許せなかったのです。
【問2】本文から読み取れる帝(天皇)の桐壺更衣に対する態度として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 更衣が病気がちなので、他の妃たちに世話を命じている。
- 周囲の批判を気にして、更衣への寵愛を次第に控えるようになっている。
- 更衣が宮仕えを休みがちなのを、愛情が冷めたせいだと疑っている。
- 周囲の反発が強まるほど、ますます更衣への愛情を深めている。
- 更衣の身分が低いことを気に病み、女御に昇格させようとしている。
【問2 正解と解説】
正解:4
本文の後半に注目します。更衣が心労で病気がちになり、実家に下がることが多くなると、帝は「いよいよあかずあはれなるものに思ほして(ますます名残惜しく愛おしいものにお思いになって)」、さらに「人のそしりをもえ憚らせ給はず(人々の非難にも臆することなく)」、彼女を特別扱いしたとあります。これは、周囲からの反発や障害が、かえって帝の愛情を燃え上がらせていることを示しています。
【問3】この文章が描き出す平安時代の宮廷社会は、どのような場所として考えられるか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 個人の才能や人柄が、家柄や身分よりも重視される実力主義の社会。
- 天皇の寵愛をめぐる妃たちの激しい競争と嫉妬が渦巻く、精神的に過酷な社会。
- 身分や家柄が固定化されており、下の者が上の者を脅かすことのない安定した社会。
- 女性たちが互いに協力し合い、教養を高め合う、文化的で洗練された社会。
- 天皇の絶対的な権威のもと、すべての者がそれに従う秩序の取れた社会。
【問3 正解と解説】
正解:2
この短い一節だけでも、宮廷社会の厳しい側面が凝縮されています。帝の寵愛という一点をめぐり、妃たちは「おとしめそねみ」、恨みを募らせ、寵愛を受けた者は心労で「あつしくなりゆき」ます。帝でさえ「人のそしり」を止められません。このことから、宮廷は華やかな表の顔とは裏腹に、女性たちの激しい競争心と嫉妬が渦巻く、精神的に極めて過酷な場所であったことが読み取れます。