古文対策問題 008(方丈記「行く川の流れ」)

【本文】

行く川のながれは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

たましきの都のうちに、棟をならべ、甍をあらそへる、高き、いやしき、人のすまひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは大家ほろびて小家となる。住む人もこれにおなじ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人がうちに、わづかに一人二人なり。

【現代語訳】

流れていく川の流れは絶えることがなく、それでいて(そこに流れているのは)元の水ではない。川の流れが滞る場所に浮かぶ水の泡は、一方では消え、また一方では生じ、長い間とどまっている例はない。この世に存在する人とその住まいも、またこれと同じようなものである。

きらびやかな都の中に、建物を並べ、屋根の高さを競い合っている、身分の高い人や低い人の住まいは、時代を経ても尽きることがないように見えるが、これを「本当に昔のままか」と調べてみると、昔からあった家は稀である。ある家は去年焼けて今年新築されている。またある家は大きな家が没落して小さな家になっている。そこに住む人もこれと同じである。場所も変わらず、人も大勢いるが、昔見知った人は、二、三十人のうち、わずかに一人か二人くらいである。

【覚えておきたい知識】

文学史・古文常識:

  • 作者:鴨長明(かものちょうめい)。平安時代末期から鎌倉時代初期の歌人・文人。
  • 作品:『方丈記』は『徒然草』『枕草子』と並ぶ三大随筆の一つ。戦乱や天災を経験した作者が、世の無常を悟り、日野山の「方丈(一丈四方)」の庵で執筆した。
  • 無常観:『平家物語』の無常観が「盛者必衰」という権力者の滅亡に焦点を当てるのに対し、『方丈記』の無常観は、より普遍的な「人と住まい」の儚さ、存在そのものの不確かさに焦点を当てる。

重要古語:

  • うたかた:水の泡。儚いものの代表的な比喩。
  • かつ~かつ~:一方では~し、また一方では~する。二つの動作が並行して行われるさま。
  • ためし(例し):例、先例。
  • たましき(玉敷き):「玉を敷き詰めたような」の意で、「都」にかかる枕詞。美しい都。
  • 甍(いらか):屋根瓦。
  • いにしへ(古):昔。過去。

【設問】

【問1】冒頭で述べられている「行く川のながれ」と「よどみに浮かぶうたかた」の比喩は、それぞれが「人とすみか」のどのような側面を象徴しているか。その組み合わせとして最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 行く川の流れ=人の一生、うたかた=日々の出来事
  2. 行く川の流れ=家の変転、うたかた=人の生死
  3. 行く川の流れ=時代の変遷、うたかた=個々の人間や家
  4. 行く川の流れ=人の心変わり、うたかた=人の住まい
  5. 行く川の流れ=都の繁栄、うたかた=地方の衰退
【問1 正解と解説】

正解:3

「行く川の流れ」は、絶えることなく流れ続けるという点で、個人や個別の家を超えた大きな「時代」や「世の中」全体の流れを象徴します。一方、「うたかた」は、その流れの中で生まれ、消えていく儚い存在であることから、時代の中に生きる「個々の人間」や「個々の家」を象徴していると解釈できます。続く第二段落で、都という大きな枠組み(川の流れ)は変わらないように見えても、個々の家や人はどんどん入れ替わっている(うたかた)という具体例が述べられており、この解釈を裏付けています。

【問2】第二段落で、作者は都の家々が「尽きせぬものなれど」と述べた後、「これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり」と続けている。この対比によって、作者が明らかにしようとしていることは何か。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 表面的な姿に惑わされず、物事の本質を見抜くべきだということ。
  2. 昔の家は造りが悪かったため、現存するものが少ないということ。
  3. 都の人口は増えているが、一つ一つの家の寿命は短くなっているということ。
  4. 昔の人は物を大切にしていたが、今の人はそうではないということ。
  5. 火事や災害が頻発しており、都の防災対策が不十分であるということ。
【問2 正解と解説】

正解:1

作者は、一見すると都の家々は永遠に存在し続けるかのように「見える」(表面的な姿)と述べた上で、しかしその実態をよく調べてみると、個々の家は絶えず入れ替わっており、永続しているわけではない(本質)と指摘しています。この対比は、我々が普段目にしている「常住しているかのような光景」は幻想に過ぎず、その奥にある「万物が絶えず変化しているという真実(無常)」を見つめるべきだ、という作者の哲学的な視点を示しています。

【問3】この文章全体が示す、作者の人間観・世界観として最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 人間は、はかない運命に翻弄されるだけの無力な存在である。
  2. 移ろいゆく世界の中で、変わらない人間の営みにこそ価値がある。
  3. この世のすべては絶えず変化しており、確固として存在し続けるものはない。
  4. 災害や戦乱さえなければ、人間社会は平和で安定したものになるはずだ。
  5. 昔は良かったが、今は人も家もすっかり様変わりしてしまったという嘆き。
【問3 正解と解説】

正解:3

この文章の核心は、「行く川のながれは絶えずして、しかももとの水にあらず」という冒頭の比喩に集約されています。作者は、人間も住まいも、そしてこの世の森羅万象すべてが、川の流れや水の泡のように、一瞬たりとも同じ状態に留まることなく変化し続けると捉えています。これは仏教的な無常観の根幹であり、特定の原因(災害など)があるからではなく、それが世界の根本的なあり方なのだ、という世界観です。したがって、この世に確固不動のものは何一つない、という選択肢3が作者の根本的な思想を最も的確に表しています。

レベル:共通テスト応用|更新:2025-07-23|問題番号:008