古文対策問題 007(大鏡「肝試し」)

【本文】

これは、二条の后の宮の御兄、関白殿、故一条の左の大臣、今の関白殿などの、まだ下﨟にておはしましたりし時のことなり。
ある夜、殿上にて、昔物語などし給ひしついでに、帝、「夜更けぬれば、鬼なども出で来べし。若き人たちは、一人づつ、大極殿の上の、高御座の御後まで参りて、そこなる楯を取れ。」と仰せ給ひければ、皆お怖ぢ申すなかに、故一条殿、「われ参らむ。」とて、まづ進み出で給へり。二、三町ばかりありて、鬼の顔を描きて、持て来給へり。「これは、いかでか。」と人々申せば、「ただおぼえつるままに。」とぞ仰せ給ひける。次に、今の関白殿(道長)参り給ひて、柱を削りて持て参り給へりければ、帝、「これは何ぞ。」と仰せ給へば、「高御座の後の柱を、証に削りて持て参りて侍るなり。」と申されければ、「げに、ただ者ならず。」とぞ、皆人感じ申されける。
さて、後々、人の申されけるは、「故一条殿は、絵に描きても、鬼の顔、おぼえ給へらむ、いとど、いみじき御心のほどなり。されど、今の殿の、証を取りて参り給へりしは、まことに、天下をしろしめすべき相おはしましけり。」とぞ。

【現代語訳】

これは、二条の后(詮子)の兄上である、関白殿(道隆)、故一条の左大臣(道兼)、そして今の関白殿(道長)などが、まだ身分の低い官人でいらっしゃった時のことです。
ある夜、宮中の殿上の間で、昔話などをなさっていた折に、帝(円融天皇)が、「夜も更けたので、鬼なども出てくるだろう。若い者たちは、一人ずつ、大極殿の上階にある、高御座の後ろまで参上して、そこにある楯を取ってこい」と仰せになったところ、皆が怖がり申し上げる中で、故一条殿(道兼)が、「私が参りましょう」と言って、まず進み出なさった。(しかし)二、三町(二百~三百メートル)ほど行っただけで、(怖くなって引き返し)鬼の顔を(自分で)描いて、持って来なさった。「これは、どうしたのか」と人々が申すと、「ただ(恐ろしくて)心に思い浮かんだままに(描いた)」とおっしゃった。次に、今の関白殿(道長)が参上なさって、柱を削って持っていらっしゃったので、帝が、「これは何だ」と仰せになると、「高御座の後ろの柱を、証拠として削って持って参りました」と申し上げなさったので、「なるほど、ただ者ではない」と、皆が感心し申し上げた。
さて、後々、人々が申したことには、「故一条殿(道兼)が、絵に描くにしても、鬼の顔をそらで覚えていらっしゃるのは、それはそれで、たいそう優れたご気性である。しかし、今の殿(道長)が、証拠を取って参上なさったのは、本当に、天下をお治めになるに違いない人相(=器量)でいらっしゃったのだなあ」と。

【覚えておきたい知識】

文学史・古文常識:

  • 作品:『大鏡』は平安時代後期に成立した歴史物語。「四鏡(しきょう)」の最初の作品。
  • 構成:大宅世継(おおやけのよつぎ、190歳)と夏山繁樹(なつやまのしげき、180歳)という二人の老人が、過去の歴史(特に藤原氏の栄華)を若侍に語って聞かせる、という対話形式で物語が進行する。
  • 登場人物:本文中の三兄弟は、藤原道隆(長男)、道兼(次男)、道長(三男)。歴史上、最終的に最も権力を握ったのが三男の道長である。

重要古語:

  • 下﨟(げろう):身分が低いこと、またはその人。対義語は「上﨟」。
  • お怖ぢ申す(おおじもうす):怖がり申し上げる。「お…申す」は謙譲の形。
  • いかでか:どうして~か。ここでは疑問。
  • 証(しょう):証拠。
  • げに:なるほど、本当に。
  • しろしめす(知ろし召す):「知る」「治める」の尊敬語。天皇や高貴な人が国を治める場合に使う。

【設問】

【問1】この肝試しの逸話において、道兼と道長は対照的な人物として描かれている。道長のどのような点が、道兼よりも優れているとされているか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 恐怖を絵に描いて表現する、豊かな芸術的才能。
  2. 命令に背いて途中で引き返す、機転の利く判断力。
  3. 恐怖に打ち勝ち、与えられた命令を最後までやり遂げる精神力と実行力。
  4. 帝の命令であっても、危険であれば断る勇気。
  5. 鬼の顔をそらで描けるほどの、優れた記憶力。
【問1 正解と解説】

正解:3

道兼は途中で怖くなって引き返し、鬼の絵を描いてごまかしました。一方、道長は帝の命令通り、大極殿の奥まで一人でたどり着いています。この行動の差は、恐怖心に負けた道兼と、それに打ち勝って目的を遂行した道長の精神力・実行力の差を明確に示しています。この逸話は、道長の胆力(きもったまが据わっていること)を際立たせるために、兄・道兼の臆病さを対比させているのです。

【問2】道長が、ただ目的を達成するだけでなく、わざわざ「柱を削りて」証拠を持ち帰った行為は、彼のどのような性格を象徴しているか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 大胆であると同時に、物事を徹底して行い、確実な証拠を重んじる性格。
  2. 宮中の歴史的建造物を傷つけることも厭わない、破壊的で傲慢な性格。
  3. 自分の手柄を他人に奪われないように、常に警戒している用心深い性格。
  4. 命令以上のことをして帝を驚かせようとする、いたずら好きで目立ちたがりな性格。
  5. 自分の行動が後で問題にならないよう、言動に細心の注意を払う臆病な性格。
【問2 正解と解説】

正解:1

奥まで行くこと自体が大変な勇気を必要としますが、道長はさらにその先を行きました。柱を削って持ち帰るという行為は、「自分は確かにここまで来た」という疑いようのない証拠を示すためのものです。これは、単に勇敢なだけでなく、物事を中途半端に終わらせず、誰にも文句を言わせない完璧な結果を求めるという、彼の徹底した性格と実証的な精神を象徴しています。この性質が、後に彼を最高権力者に押し上げた要因の一つと、物語は示唆しているのです。

【問3】結びの「後々、人の申されけるは」以下の部分が、この物語の中で持つ効果として最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 道兼の名誉を回復するために、彼の才能を再評価している。
  2. 道長が天下を取ったのは、単なる偶然や幸運ではなかったことを示している。
  3. 肝試しのような迷信的な行事が、人の運命を左右することの愚かさを説いている。
  4. 道長の成功を妬む人々が、陰で彼の悪口を言っていたことを暴露している。
  5. 帝の気まぐれな命令が、兄弟間の不和を生んでしまった悲劇を強調している。
【問3 正解と解説】

正解:2

この結びの部分は、後世の人々の評価という形で、この肝試し事件に「解釈」を与えています。「まことに、天下をしろしめすべき相(器量)おはしましけり」という言葉は、道長の後の大出世が、この若き日の逸話にすでにはっきりと現れていたのだ、と結論づけるものです。つまり、彼の成功は運などではなく、生まれ持った器量と胆力に裏打ちされた必然であった、ということを読者に納得させるための、解説・ダメ押しの効果を持っています。

レベル:共通テスト応用|更新:2025-07-23|問題番号:007