古文対策問題 048(俳諧「月天心」の巻)
【本文】
(安永五年、京都円山にて、月を題にした句合の席上での一節。蕪村の句に、大魯が付け句をする場面。)
月天心、貧しき町を、通りけり 蕪村
ころも手に提げて、橋渡る、武士 大魯
宵々の、肴はつきず、面白や 蕪村
豆腐にかける、醤油の匂ひ 大魯
【現代語訳】
(安永五年(1776年)、京都円山で、月を題にした句会での一場面。蕪村の発句に、大魯が脇句を付ける。)
(煌々と照る月が、ちょうど空の真ん中にきた。その光は、貧しい町の上を、静かに通り過ぎていくことだよ) 蕪村
(その月光の下、濡れないように着物の裾を手に持って、橋を渡っていく武士の姿が見える) 大魯
(そんな貧しい暮らしの中でも、毎晩の、酒の肴は尽きることがなく、面白いものだ) 蕪村
(その肴とは、豆腐にかけた、醤油の香ばしい匂いのことだよ) 大魯
【覚えておきたい知識】
文学史・古文常識:
- ジャンル:俳諧(はいかい)、または連句(れんく)。五・七・五の発句(ほっく)に、別の人が七・七の脇句(わきく)を付け、さらに別の人が五・七・五の第三句を付け…と、複数人で句を詠み継いでいく形式の集団文芸。
- 作者:
- 与謝蕪村(よさぶそん):江戸時代中期の俳人、画家。松尾芭蕉、小林一茶と並び称される俳諧の巨匠。絵画的な句風で知られる。
- 炭太祇(たんたいぎ):蕪村と同時代の俳人。
- 句の構造:
- 発句(ほっく):連句の最初の五・七・五の句。季語を入れるなどの決まりがある。後の「俳句」の元となった。
- 脇句(わきく):発句に付ける、最初の七・七の句。
- 付合(つけあい):前の句の世界観や言葉を受けながら、少し視点を変えたり、新しい展開を見せたりして、句を付けていくこと。連句の醍醐味である。
重要古語・語句:
- 天心(てんしん):空の真ん中。
- ころも(衣):着物。
- 宵々(よいよい):毎晩。
- 肴(さかな):酒を飲む際に添える料理。
- 醤油(しやうゆ):醤油。歴史的仮名遣い。
【設問】
【問1】蕪村の発句「月天心…」は、どのような情景を描写しているか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 貧しい町を見下し、その不幸を嘲笑うかのような、冷たい月の光。
- 貧しい町を優しく包み込み、人々の心を慰めるかのような、暖かい月の光。
- 貧富の差に関係なく、すべてのものを平等に照らし出す、静かで客観的な月の光。
- 貧しい町から昇る月が、やがて空の真ん中に達する、希望に満ちた光。
- 貧しい町の家々の間から、かろうじて見える、か細く寂しい月の光。
【問1 正解と解説】
正解:3
この句の魅力は、その客観的で、絵画的な視点にあります。月は、空の真ん中(天心)から、ただ地上を照らしている。その光の下にあるのが、豊かな町であろうと、「貧しき町」であろうと、月は何も評価せず、ただ静かに「通りけり」と詠んでいます。この、感情を排した描写によって、かえって、月光の静けさと、貧しい町の生活の対比が際立ち、深い余情が生まれるのです。
【問2】蕪村の句に、大魯が「ころも手に提げて…」と付けた。この脇句の付け方(付合)の巧みさについて、最も的確な説明はどれか。
- 月の情景から、夜道を歩く武士の姿へと、場面を具体的に展開させている。
- 貧しい町というテーマを、貧しい武士の姿を描くことで、さらに強調している。
- 月の下を橋を渡るという、和歌にもよく詠まれる伝統的な情景を付け加えている。
- 蕪村の句が視覚的であるのに対し、衣ずれの音や川の音を暗示する聴覚的な句を付けている。
- 上記のすべて。
【問2 正解と解説】
正解:5
大魯の脇句は、連句の付け方の見本のような巧みさを持っています。まず、蕪村の句が描く「月夜の貧しい町」という大きな情景の中に、「橋を渡る武士」という具体的な人物を登場させ、場面を映画のように展開させています(選択肢1)。その武士が、裾を手で持っている様子は、彼が決して裕福ではないことを示唆し、「貧しき町」というテーマを引き継いでいます(選択肢2)。また、月と橋の組み合わせは、古典和歌以来の伝統的な美意識にもつながります(選択肢3)。そして、視覚的な句に、具体的な人物の所作を加えることで、衣ずれの音や水の音といった聴覚的な要素を読者に想像させます(選択肢4)。これらすべての要素が、この脇句の巧みさを構成しています。
【問3】蕪村の第三句「宵々の、肴はつきず、面白や」と、それに付けた大魯の第四句「豆腐にかける、醤油の匂ひ」のやり取りから、どのような生活観がうかがえるか。
- 貧しいながらも、ささやかなものの中に楽しみを見出す、肯定的で豊かな生活観。
- 貧しさから逃れるために、毎晩酒を飲んで現実逃避しようとする、退廃的な生活観。
- 貧しいからこそ、質素倹約を徹底し、無駄をなくそうとする、合理的な生活観。
- 貧しい暮らしは、豆腐と醤油だけで満足しなければならないという、諦めに満ちた生活観。
- 貧しい時こそ、友人たちと集まって、互いに助け合うべきだという、共同体的な生活観。
【問3 正解と解説】
正解:1
このやり取りは、「貧しさ」をテーマにしながらも、決して暗いものにはなっていません。蕪村が「肴はつきず、面白や」と、貧しい中でも楽しみはある、と詠うと、大魯は、その肴が「豆腐にかける、醤油の匂ひ」という、極めて質素で、しかし具体的で豊かな感覚(匂い)を伴うものであることを示します。これは、物質的な豊かさではなく、豆腐と醤油の香りという、日常のささやかなものの中に、十分な喜びや面白さ(「面白や」)を見出すことができるという、肯定的で、精神的に豊かな生活観を示しています。