古文対策問題 047(徒然草「家の作りやうは」)
【本文】
家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑き比、わろき住まひは、堪へがたき事なり。
深き水は、涼しげなし。浅くて、流るる川、遥かに涼し。…(中略)…
天井の高きは、冬、寒く、燈火暗し。造作は、おろそかなるやうにて、用を便じ、あまり飾りて、人の目を驚かさざるぞ、よき。
「多くの工の心を尽くしたる家は、必ず、長くもまれなり。」と、ある人、申し侍りし。げに、作り上げるを、末とすれば、必ず、速やかに、そこなはるる事あり。
すべて、何も、こと足らず、少しおくれたるをば、よしとするなり。内裏の造作までも、「少し、ことたる所を残す。」とぞ、ある人、申し侍りし。
【現代語訳】
家の造り方は、夏(を快適に過ごすこと)を主眼とすべきである。冬は、どんな所にでも住めるものだ。暑い頃、悪い住まいは、耐えがたいものである。
深い水は、(見た目が)涼しそうではない。浅くて、流れている川の方が、ずっと涼しい。…(中略)…
天井が高いのは、冬は寒く、灯火も暗い。家の造りは、簡素なようで、使い勝手がよく、過度に飾り立てて、人の目を驚かせることのないのが、良い。
「多くの職人が、丹精を尽くした家は、必ずしも、長持ちするものではない」と、ある人が、申しました。なるほど、完成した状態を、到達点としてしまえば、必ず、速やかに、壊れることがある。
すべて、何事も、完璧でなく、少し足りないところがあるのを、良いとすることだ。宮中の造営でさえも、「少し、未完成な所を残す」と、ある人が、申しました。
【覚えておきたい知識】
文学史・古文常識:
- 作者:吉田兼好。鎌倉時代末期の随筆家。
- 作品:『徒然草』。作者の幅広い見識や美意識が記される。
- 不完全の美:この章段は、日本の伝統的な美意識の一つである「不完全さの美」を明確に示している。完璧に完成した状態は、あとは衰退するだけである。むしろ、少し足りない部分、未完成な部分にこそ、将来への可能性や、想像の余地という魅力がある、という考え方。
重要古語:
- むねとす(旨とす):主眼とする、最も大切なこととする。
- 堪へがたし(堪へ難し):耐えられない。
- おろそかなり:簡素だ、いい加減だ。
- 用を便ず(ようをべんず):使い勝手がよい、役に立つ。
- 工(たくみ):職人、大工。
- こと足らず(事足らず):不十分だ、完璧ではない。
- おくれたる:劣っている、不十分だ。
- よしとす:良いとする、評価する。
【設問】
【問1】筆者が、家の造り方について「夏をむねとすべし」と主張する、その理由として最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 夏は、開放的な家で過ごすのが、健康に良いから。
- 冬の寒さは衣服などでしのげるが、夏の暑さは家の構造でないと耐えがたいから。
- 日本の夏は、冬に比べて、期間が長く、より重要であるから。
- 夏向きの家は、風通しがよく、見た目にも涼しげで美しいから。
- 冬向きの家を造るのは、非常に多くの費用がかかるから。
【問1 正解と解説】
正解:2
筆者は、その理由を「冬は、いかなる所にも住まる。暑き比、わろき住まひは、堪へがたき事なり」と、明確に述べています。これは、冬の寒さは着込んだり、火を焚いたりして個人的に対処できるが、夏の蒸し暑さは、家の風通しが悪ければどうにもならず、耐えがたい苦痛になる、という極めて現実的で合理的な理由に基づいています。
【問2】筆者が、家の造作について「あまり飾りて、人の目を驚かさざるぞ、よき」と述べている。この言葉に込められた美意識として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 豪華な装飾よりも、実用性を重視する、質実剛健の美意識。
- 華美な装飾を嫌い、簡素で、控えめな中に趣を見出す、わび・さびの美意識。
- 奇抜なデザインで人を驚かせるのではなく、伝統的な様式を重んじる、保守的な美意識。
- すべての装飾を排除し、何もない空間そのものを美しいとする、禅的な美意識。
- 家主の財力を見せびらかすような、派手な装飾を戒める、道徳的な美意識。
【問2 正解と解説】
正解:2
この一文は、兼好の美学を端的に示しています。「人の目を驚かさざる」とは、過度な装飾や、これ見よがしな豪華さを避けるということです。そして、「おろそかなるやうにて、用を便じ」と、簡素さと実用性を両立させることを理想としています。これは、華やかさや完璧さよりも、静かで、控えめで、簡素なものの中にこそ真の美しさや趣があるとする、「わび・さび」の美意識に深く通じるものです。
【問3】この章段の結論として、筆者が述べている「すべて、何も、こと足らず、少しおくれたるをば、よしとするなり」という考え方は、どのような価値観に基づいているか。
- 完璧なものは、かえって人間味がなく、冷たく感じられるという価値観。
- 完璧に完成してしまったものは、あとは衰退・崩壊するしかなく、発展の可能性がないという価値観。
- 完璧を目指すと、多くの時間と費用がかかり、現実的ではないという価値観。
- 少し足りない部分がある方が、見る人の想像力をかき立て、より深い味わいを生むという価値観。
- 上記のすべて。
【問3 正解と解説】
正解:5
筆者の「不完全の美」の肯定は、複合的な理由に基づいています。「作り上げるを、末とすれば、必ず、速やかに、そこなはるる」という部分には、完璧なものはあとは崩れるだけだ、という無常観(選択肢2)があります。また、人の心を動かす「をかし」さは、完璧さよりも、むしろ不完全なものが持つ余白や、見る人の想像力に働きかける部分にある(選択肢4)、という美学も背景にあります。そして、そうした不完全なものへの共感には、人間味を感じるという側面(選択肢1)も含まれるでしょう。現実的な問題(選択肢3)も、兼好の実用的な思考からすれば、当然考慮されているはずです。したがって、これらすべてが、彼の結論を支える価値観と言えます。