古文対策問題 044(新古今和歌集「西行の歌」)
【本文】
題しらず
西行法師
心なき 身にもあはれは 知られけり
鴫立つ沢の 秋の夕暮れ
【現代語訳】
(歌の題はない)
(詠み手は)西行法師
(俗世を捨て、執着する心などないはずの、この出家した)私のような身にも、しみじみとした情趣(もののあはれ)というものは、自然と感じられるものだなあ。
(水鳥の)鴫(しぎ)が、さっと飛び立つ沢のあたりの、この秋の夕暮れの景色を見ていると。
【覚えておきたい知識】
文学史・古文常識:
- 作品:『新古今和歌集(しんこきんわかしゅう)』は、後鳥羽院の勅命により、鎌倉時代初期に編纂された第八番目の勅撰和歌集。『万葉集』『古今和歌集』と並び、三大和歌集の一つに数えられる。
- 特徴:技巧的で、象徴的、絵画的な歌風を特徴とする。本歌取り、体言止め、七五調の破調などの技法が駆使され、幽玄(ゆうげん)・妖艶(ようえん)といった、余情を重んじる美意識が貫かれている。
- 作者:西行法師(さいぎょうほうし):平安時代末期から鎌倉時代初期の僧侶・歌人。元は北面の武士であったが、若くして出家し、日本各地を旅しながら多くの和歌を詠んだ。その生涯と和歌は、後の文学者(特に芭蕉)に大きな影響を与えた。
重要古語・和歌の修辞:
- 心なし:ここでは、俗世への執着や、人間的な感情を捨て去った(はずの)出家者の心を指す。
- あはれ:しみじみとした情趣、感動。もののあはれ。
- 知られけり:自然と知られるなあ、感じられるなあ。「る」は自発の助動詞「る」の連用形。「けり」は詠嘆の助動詞。
- 鴫(しぎ):水辺に棲む鳥。秋の歌によく詠まれる。
- 体言止め(たいげんどめ):歌の末尾を名詞(体言)で終える技法。深い余韻と余情を生み出す。『新古今和歌集』で特に多用された。この歌では「秋の夕暮れ」がそれにあたる。
【設問】
【問1】上の句「心なき 身にもあはれは 知られけり」について、作者はどのような心の状態を詠んでいるか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 出家したにもかかわらず、俗世への未練が断ち切れずにいる、自分自身の心の弱さを嘆いている。
- 出家して、すべての感情を捨て去ったと思っていたが、自然の美に触れて、感動する心がまだ残っていたことに、改めて気づいている。
- 自分は心が無いと人から思われているが、本当は誰よりも情趣を解する人間なのだと、ひそかに自負している。
- 心ない鳥でさえも、秋の夕暮れには哀れを感じるのだから、人間が感動するのは当然だと述べている。
- 心が無ければ、真のもののあはれは理解できないのだという、仏道修行の厳しさを説いている。 ol>
- 鳥が元気に飛び立つ、生命力あふれる情景を描き、作者の生きる喜びを表現している。
- 色彩豊かな秋の夕暮れの情景を描き、作者の華やかな心情を表現している。
- 広々とした沢の情景を描き、作者の心の広がりや、悟りの境地を表現している。
- 物音一つしない静寂な情景を描き、作者の心の平穏を表現している。
- 寂しく、動きの少ない情景を描き、「あはれ」という感情が生まれる具体的なきっかけを示している。
- 歌の意味を、読者が自由に解釈できるようにする効果。
- 歌のリズムを整え、声に出して詠んだ時の心地よさを高める効果。
- 詠嘆の助動詞「けり」の意味を、さらに強める効果。
- 言葉を言い切らずに終えることで、情景と心情が溶け合った深い余情(よじょう)を生み出す効果。
- 作者が、その情景をまるで一枚の絵画のように客観的に捉えていることを示す効果。
【問1 正解と解説】
正解:2
この歌の核心は、「心なき身」と「あはれは知られけり」という、一見矛盾した二つの要素の結合にあります。「心なき身」とは、俗世への執着や個人的な感情を捨てた(はずの)出家者の身の上を指します。しかし、そんな自分でも、秋の夕暮れの寂しくも美しい情景(下の句)を目の当たりにすると、自ずと「あはれ(しみじみとした情趣)」が心に染み入ってくる。この、理屈を超えて自然と感じてしまう感動への、静かな驚きと再認識が、この句の中心的な感情です。
【問2】下の句「鴫立つ沢の 秋の夕暮れ」は、どのような情景を描写し、上の句にどのような効果を与えているか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
【問2 正解と解説】
正解:5
「秋の夕暮れ」という言葉自体が、もの寂しい季節と時間の終わりを示唆します。そこに、広々とした沢があり、鳥(鴫)がふと飛び立つ、という一瞬の動きがあるだけです。この、全体的に静かで寂寥感(せきりょうかん)に満ちた情景こそが、上の句で述べた「あはれ」という感情を引き起こした、具体的な原因・きっかけとなっています。色彩や音を抑えた、静かで寂しい風景を描写することで、作者の心に染み入る「あはれ」の感覚に、強い説得力を与えているのです。
【問3】この和歌は「体言止め」という技法で終わっている。この技法が、歌全体に与える効果として、最も重要なものは何か。
【問3 正解と解説】
正解:4
「体言止め」は、『新古今和歌集』の美学を象徴する技法です。「~けり」のような助動詞で言い切ってしまうと、そこで感情や意味が完結してしまいます。しかし、「秋の夕暮れ」という名詞でぷつりと終えることで、作者の心に染み渡る「あはれ」の感情が、その情景の中に溶け込んで、読者の心にも、静かに、そしてどこまでも広がっていくような、深い余韻と余情(言葉の外に広がる情感)が生まれます。この効果こそが、体言止めの最大の狙いです。