古文対策問題 043(源氏物語玉の小櫛「もののあはれ」)

【本文】

すべて、この物語は、人の心のありさまを、まのあたりに見るやうに、ありのままに書き写して、人の世の、定めなき、はかなき事を、思ひ知らせむを、むねとせり。
さて、その、人の世のありさまを見るにつけて、感ずべき事の、限りなく多かる中に、ことに、心に深くしみ、感ずべき事をば、選り出でて、詳しく書きて、人の心を動かし、あはれを知らしめむとなり。
されば、この物語のむねは、ただ、もののあはれを知る、といふ一言に、尽きぬべし。もののあはれを知るとは、感ずべき事を知る、といふことなり。感ずべき事を知るとは、物の心を、知るということなり。

【現代語訳】

総じて、この物語(=源氏物語)は、人の心のありさまを、目の当たりに見るように、ありのままに書き写して、人の世の、定めのない、はかないことを、深く理解させようということを、主眼としている。
さて、その、人の世のありさまを見るにつけて、感動すべきことが、限りなく多い中で、特に、心に深くしみわたり、感動すべきことを、選び出して、詳しく書いて、人の心を動かし、「もののあはれ」を知らせようということなのである。
だから、この物語の主眼は、ただ、「もののあはれを知る」という一言に、尽きてしまうだろう。「もののあはれを知る」とは、「感動すべきことを知る」ということである。「感動すべきことを知る」とは、「物事の本質を、知る」ということである。

【覚えておきたい知識】

文学史・古文常識:

  • 作者:本居宣長(もとおりのりなが)。江戸時代中期の国学者、文献学者、医師。『古事記伝』を著し、日本の古代精神(真心)を解明しようとしたことで知られる。
  • 作品:『源氏物語玉の小櫛(げんじものがたりたまのおぐし)』は、宣長が著した『源氏物語』の注釈書・評論書。
  • もののあはれ:宣長が『源氏物語』の本質として見出した、中心的な文学理念。物事に触れて、心の中に自然と湧き上がる、しみじみとした深い感動や情趣のこと。宣長は、儒教的な道徳(勧善懲悪)や仏教的な教え(因果応報)といった外的な基準で物語を解釈することを批判し、物語はただ「もののあはれ」を描くためにある、と主張した。

重要古語・語句:

  • まのあたり(目の当たり):目の前で。直接に。
  • むね(旨):中心、主眼、要点。
  • あはれを知る:物事の深い情趣を理解する。感動すべきことを知る。
  • 尽きぬべし:尽きてしまうだろう。言い尽くされるだろう。

【設問】

【問1】作者・本居宣長によれば、『源氏物語』が読者に「思ひ知らせむ」としている、最も根本的なテーマは何か。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 登場人物の行動を通して、善悪の判断基準を示すこと。
  2. 男女の恋愛の駆け引きから、処世術を学ぶこと。
  3. 人の世の、定めのない、はかないありさまであること。
  4. 宮廷社会の、きらびやかで、優雅な生活様式であること。
  5. 仏教の教えに基づいた、因果応報の真理であること。
【問1 正解と解説】

正解:3

本文の冒頭に、「この物語は…人の世の、定めなき、はかなき事を、思ひ知らせむを、むねとせり」と、はっきりと述べられています。宣長は、『源氏物語』が、人間の心の動きをありのままに描くことで、最終的に、この世の全てのものが移ろいゆく、その無常観や儚さを読者に深く理解させることを目的としている、と分析しています。

【問2】宣長は、「もののあはれを知る」ということを、段階的に説明している。その説明の順序として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 物の心を知る → 感ずべき事を知る → もののあはれを知る
  2. 感ずべき事を知る → 物の心を知る → もののあはれを知る
  3. もののあはれを知る → 物の心を知る → 感ずべき事を知る
  4. 物の心を知る → もののあはれを知る → 感ずべき事を知る
  5. 感ずべき事を知る → もののあはれを知る → 物の心を知る
【問2 正解と解説】

正解:1

本文の最後の部分を整理する問題です。宣長は、「もののあはれを知るとは、感ずべき事を知る、といふことなり」と述べ、次に「感ずべき事を知るとは、物の心を、知るということなり」と説明しています。これは、逆からたどると、「物事の本質(物の心)を知る」からこそ、「何に感動すべきか(感ずべき事)がわかり」、その結果として、「しみじみとした深い感動(もののあはれ)を理解できる」という、思考のプロセスを示しています。したがって、1が正しい順序となります。

【問3】この文章に示されている、本居宣長の『源氏物語』に対する評価の姿勢として、最も特徴的な点は何か。

  1. 物語を、儒教的な道徳観に基づいて、登場人物の善悪を判断するための教材として評価している。
  2. 物語を、仏教的な因果応報の教えを、人々に分かりやすく説くための寓話として評価している。
  3. 物語を、歴史的な事実を正確に記録した、第一級の史料として評価している。
  4. 物語を、教訓や道徳から切り離し、人間の純粋な感情(あはれ)を描いた、文学作品そのものとして評価している。
  5. 物語を、当時の宮廷の華やかな風俗や言葉遣いを学ぶための、古典の教科書として評価している。
【問3 正解と解説】

正解:4

宣長の功績は、それまで主流であった、物語を儒教や仏教の道徳的な物差しで測る読み方(「この登場人物の行動は良いか悪いか」など)を批判した点にあります。彼は、物語の価値は、そうした教訓にあるのではなく、人間の心のありさまをありのままに描き、それによって読者の心に自然と湧き上がる、しみじみとした感動(もののあはれ)そのものにある、と主張しました。これは、物語を、道徳や教訓の道具としてではなく、純粋な「文学」として自立させようとする、近代的な文学観の萌芽とも言える、画期的な評価の姿勢でした。

レベル:難関大レベル|更新:2025-07-24|問題番号:043