古文対策問題 004(宇治拾遺物語「絵仏師良秀」)
【本文】
これも今は昔、絵仏師良秀といふありけり。家の隣より火出でて、風おしおほひて、せめければ、逃げ出でて、大路へ出でにけり。
人の書かする仏もおはしけり。また、衣着ぬ妻子なども、さながら内にありけり。それも知らず、ただ逃げ出でたることを喜びて、向かひのつらに立ちて見れば、煙焔くゆりつづきて、わが家の方より出づる時に、うちうなづきて、たびたび向かahiのつらに立てり。
「あさましきことかな。人の幸ひは、物ともせぬ者かな。」とて、人ども来とぶらひけれども、騒がず。「いかに。」と人言ひければ、向かひのつらに立ちて、家の焼くるを見て、うちうなづき、「すばらしきかな。この度は、もうけものなり。年ごろは、わろく書きけるものかな。」と言ふ時に、とぶらひに来たる者ども、「これは、いかに、かばかりのものを失ひて、正気にてはあらぬか。」と言ひければ、「なんでふ、さることあるべきぞ。年ごろ、不動尊の火焔を悪しく書きけるなり。今見れば、かうこそ燃えけれと、心得つるなり。これこそ、わがProfesionの儲けよ。」と言ひけり。
さてこそ、良秀が書きける不動は、今に人々めで合へりけれ。
【現代語訳】
これも今となっては昔のことだが、絵仏師の良秀という者がいた。隣家から火事が発生し、風が覆いかぶさるように吹いて、火が迫ってきたので、(良秀は)家から逃げ出して、大通りへ出た。
人から描くように頼まれている仏の絵もおありだった。また、衣服もろくに着ていない妻子なども、そのまま家の中にいた。良秀はそれも構わず、ただ自分が逃げ出せたことだけを喜んで、道の向かい側に立って見ていると、煙と炎がもうもうと立ち上り続け、自分の家の方から燃え上がる時に、頷いて、何度も向かい側に立っていた。
「あきれたことだ。他人の不幸は、何とも思わないものだなあ」と言って、人々が見舞いに来たけれども、(良秀は)全く動じない。「どうしたのか」と人が言うと、(良秀は)向かい側に立って、家が焼けるのを見て、頷き、「すばらしい。今回は、思わぬ収穫だ。長年、私は(炎を)へたに描いていたものだなあ」と言うので、見舞いに来た者たちが、「これはどうしたことだ、これほどの財産を失って、正気ではないのか」と言うと、(良秀は)「どうして、そんなことがあるものか(私は正気だ)。長年、不動明王の背後の炎をうまく描けずにいたのだ。今見ると、このように燃えるものだったのだなと、理解できた。これこそ、私の専門の道にとっての儲けものだ」と言った。
そういうことがあってから、良秀が描いた不動明王は、今に至るまで人々が褒め合っているということだ。
【覚えておきたい知識】
作品:『宇治拾遺物語』は鎌倉時代初期に成立した説話集。教訓的な話、面白い話、奇妙な話など、様々な逸話を集める。
重要古語:
- 絵仏師(えぶっし):仏画を描くことを専門とする絵師。
- さながら:そのまま、そっくり。
- あさまし:驚きあきれるほどだ、意外だ。
- 物ともせず:何とも思わない、気にしない。
- もうけもの(儲け物):思いがけない利益、掘り出し物。
- なんでふ(何条):どうして~か、いや~ない(反語)。
【設問】
【問1】傍線部「人の幸ひは、物ともせぬ者かな。」とあるが、これは誰が誰のどのような様子を見て言った言葉か。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 見物人が、家が燃えているのに平然としている良秀を見て言った言葉。
- 良秀が、自分の家の火事を野次馬根性で眺めている見物人を見て言った言葉。
- 良秀が、自分の不幸を気にもかけない妻子を見て言った言葉。
- 見物人が、火元である隣家の住民が謝罪もしない様子を見て言った言葉。
- 良秀が、火事を起こした隣人が逃げ遅れたと聞いて言った言葉。
【問1 正解と解説】
正解:1
このセリフは、見舞いに来た「人ども」が良秀の様子を見て言った言葉です。文脈上、人々は良秀の家が燃えているのを見舞いに来ています。しかし、当の本人である良秀は「騒がず」、むしろ頷きながら炎を見つめている。その常軌を逸した様子を見て、「(良秀は)他人の幸い(ここでは皮肉で、自分の不幸に対する周囲の同情)など、全く意に介さない人間なのだなあ」と、あきれて評している場面です。
【問2】この話の結び「さてこそ、良秀が書きける不動は、今に人々めで合へりけれ。」から、物語の作者が良秀という人物をどのように評価していると考えられるか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 家族や財産を顧みない、人間として欠落した冷酷な人物だと断罪している。
- 常人には理解しがたい狂気を持つが、それこそが芸術を大成させる力だと評価している。
- 偶然の幸運によって名声を得た、実力以上に運の強い人物だと皮肉っている。
- 結果的に良い絵が描けたのだから、彼の行動はすべて許されるべきだと擁護している。
- 仏の絵を描く者として、人並み外れた信仰心を持つ尊い人物だと称賛している。
【問2 正解と解説】
正解:2
この物語は、良秀の異常な行動を描いた後、その結果として「(彼の描く不動明王は)今に至るまで人々が褒め合っている」と結んでいます。これは、彼の行動が常識的には非難されるべきものでありながらも、その芸術への凄まじい執念があったからこそ、後世に残る傑作が生まれた、という因果関係を示しています。作者は良秀を単純な善人・悪人として描くのではなく、一つの道を極めようとする者の「狂気」とも言えるほどの情熱を、畏敬の念をもって肯定的に評価していると解釈するのが最も妥当です。