古文対策問題 033(源氏物語「須磨」)

【本文】

(都からの使いが帰り、須磨の浦に独り残された光源氏の様子)
いとど、もの悲しき御心まどひに、うつつの夢語りも、まぎらはし聞こゆる人なければ、心細くて、昼は、終日、海をながめ暮らし、夜は、夜すがら、沖の漁火を友として、起き明かし給ふ。
かかる所の秋は、まして、いふ方なくわびしく、浦風、いとすごく、吹きのこす音も、ただならず聞こえて、旅の空の心地す。…(中略)…
九月の晦つごもりの日、いとものすごく、かき曇り、風、荒く吹きて、雨も、脚たたず、降りまよひ、雷さへ、鳴りて、ただごとならず。御前に仕うまつる人々も、すくみあへり。「かかる事は、今まで、見たてまつらぬものを。」と、思ふに、いとあさまし。源氏の君は、「わが身の罪のほど、この海に、竜神の許さぬにや。」と思す。

【現代語訳】

(都からの使いが帰り、須磨の浦に独り残された光源氏の様子)
ますます、もの悲しい心の乱れのために、現実の出来事や夢の話を、気を紛らわせてくれるように聞いてくれる人もいないので、心細くて、昼は、一日中、海を眺めて暮らし、夜は、一晩中、沖の漁火(いさりび)を友として、眠らずに夜を明かしなさる。
このような場所の秋は、まして、言いようもなく寂しく、浦風が、たいそうもの寂しく、吹き残していく音も、尋常ではなく聞こえて、旅先の空の下にいる心地がする。…(中略)…
九月の晦(みそか)の日、たいそう気味悪く、空一面が曇り、風が、荒々しく吹いて、雨も、絶え間なく、降り乱れ、雷までもが、鳴って、ただごとではない。お側に仕える人々も、恐怖で縮み上がっている。「このような(恐ろしい)ことは、今まで、拝見したこともないものを」と思うにつけても、たいそう驚きあきれるばかりだ。源氏の君は、「私の身に犯した罪の重さを、この海の、竜神が許さないのであろうか」とお思いになる。

【覚えておきたい知識】

文学史・古文常識:

  • 作品:『源氏物語』。作者は紫式部。
  • 背景:「須磨」の巻は、光源氏が、右大臣家の娘・朧月夜(おぼろづきよ)との密会が発覚したことなどから、自ら都を離れ、須磨の浦で蟄居生活を送る場面を描く。政治的な権力を失い、愛する紫の上とも離れ離れになった、光源氏の人生における最初の大きな挫折の時期である。
  • 自然観:平安時代の文学では、自然は単なる風景ではなく、人間の心情や運命と深く呼応するものとして描かれる。特に、荒れ狂う嵐や雷といった自然現象は、神々の怒りや、登場人物の罪に対する天罰の象徴として描かれることが多い。

重要古語:

  • いとど:ますます、いっそう。
  • 心まどひ:心の乱れ、惑い。
  • まぎらはす:気を紛らわせる、ごまかす。
  • 夜すがら(終夜):一晩中。
  • すごし:もの寂しい、気味が悪い。
  • 晦(つごもり):月の末日。三十日。
  • ただごとならず:普通ではない、尋常ではない。
  • すくむ:恐怖などで体がこわばる、縮み上がる。
  • あさまし:驚きあきれるほどだ、嘆かわしい。

【設問】

【問1】須磨で蟄居生活を送る光源氏の日常の様子として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 都での華やかな生活を忘れ、釣りや狩りなど、田舎ならではの娯楽に興じている。
  2. 多くの家来に囲まれ、不自由のない暮らしを送りながらも、退屈を持て余している。
  3. 心を許して話せる相手もおらず、昼も夜も、孤独のうちに物思いに沈んでいる。
  4. 政治の世界への復帰を画策し、都から来る使者と密かに連絡を取り合っている。
  5. 自らの罪を反省し、ひたすら仏道修行に明け暮れる、敬虔な生活を送っている。
【問1 正解と解説】

正解:3

本文には、「うつつの夢語りも、まぎらはし聞こゆる人なければ、心細くて」と、孤独な心情が述べられています。そして、その具体的な過ごし方として、「昼は、終日、海をながめ暮らし、夜は、夜すがら、沖の漁火を友として、起き明かし給ふ」と描写されています。これは、誰とも心を通わせることなく、一日中、孤独な物思いにふけっている様子を端的に示しています。

【問2】すさまじい嵐に遭遇した光源氏が、「わが身の罪のほど、この海に、竜神の許さぬにや」と考えた。彼のこの考えの根底にあるものは何か。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 自然の猛威の前では、人間の力は無力であるという、科学的な観察眼。
  2. 自分の犯した過ちが、人知を超えた存在の怒りを買い、天罰として現れているのだという、罪の意識。
  3. この嵐さえ乗り越えれば、竜神が自分の罪を許してくれるだろうという、楽天的な期待。
  4. 自分は何も悪いことはしていないのに、なぜこんな目に遭うのかという、運命への怒り。
  5. この嵐は、自分の政敵が、呪術を使って引き起こしたものであるという、他者への疑念。
【問2 正解と解説】

正解:2

当時の人々は、異常な自然現象を、しばしば神仏や霊的な存在の意思の表れと捉えました。光源氏は、この「ただごとならず」な嵐に直面し、これを単なる天候の悪化ではなく、自分が都で犯した罪(特に、父帝の妃である藤壺宮との不義密通や、現帝の妃である朧月夜との密会など)に対する、この世ならぬ者(竜神)からの天罰なのではないか、と考えたのです。これは、彼の心の奥底にある、深い罪の意識の表れです。

【問3】この須磨の場面は、光源氏という人物の多面性を示す上で、どのような役割を果たしているか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 政治的な駆け引きにも長けた、策略家としての一面を明らかにしている。
  2. 生まれながらの身分に甘んじることなく、自らの力で運命を切り開く、英雄としての一面を明らかにしている。
  3. 栄華の頂点にあるだけでなく、孤独や罪の意識に苛まれ、自然の脅威に怯える、人間としての一面を明らかにしている。
  4. どんな逆境にあっても、恋愛のことだけは忘れられない、根っからの色男としての一面を明らかにしている。
  5. 現実の苦しみから逃避し、ひたすら芸術の世界に没頭する、芸術家としての一面を明らかにしている。
【問3 正解と解説】

正解:3

物語の序盤、光源氏は、比類なき美貌と才能に恵まれ、多くの女性から愛される「光る君」として、華やかな世界の中心にいます。しかし、この須磨の巻では、そうした栄光の側面とは対照的に、政治的に失脚し、孤独に苛まれ、自らの罪に悩み、自然の猛威に恐怖するという、彼の弱さや苦悩が深く描かれます。これにより、光源氏は単なる理想化された貴公子ではなく、我々と同じように悩み苦しむ、深みと多面性を持った一人の人間として、より立体的に描き出されているのです。

レベル:難関大レベル|更新:2025-07-24|問題番号:033