古文対策問題 031(無名抄「心と詞」)

【本文】

歌の様は、ただ、言葉のやさしく、なだらかなるを、本体とす、と言へる人あり。また、いはく、「詞は、いかにもあれ、ただ、情の哀れに、深く、艶なるを、先とすべし。」と。二つの様、いづれも、一方を捨てがたし。
されど、今の世の歌は、詞をのみ先として、情の乏しき歌のみ多し。昔の歌は、詞、拙く聞こゆれども、情、深く、哀れなり。
たとひ、姿、優に、美麗なる人も、心の愚かなるは、人に交はるに、恥づかしき事あり。また、心、賢く、情け深くとも、形、醜く、詞、たどたどしければ、人に侮らるる事あり。されば、心、詞、共に、優れたらむこそ、ありがたきわざなれ。
ことに、この道に、心あらむ人は、まづ、情を深く、心を致し、詞をば、それに従へて、詠むべきなり。

【現代語訳】

和歌のありさまは、ただ、言葉が優美で、なめらかであることを、根本とする、と言う人がいる。また、別の人が言うには、「言葉は、どうであっても、ただ、情感がしみじみとしていて、深く、優美であることを、第一とすべきだ」と。この二つのありさまは、どちらか一方を捨て去ることは難しい。
しかし、今の世の歌は、言葉ばかりを第一として、情感に乏しい歌ばかりが多い。昔の歌は、言葉は、つたなく聞こえるけれども、情感は、深く、趣深い。
たとえ、容姿が、優れて、美しい人でも、心が愚かであると、人と交際する上で、恥ずかしいことがある。また、心が、賢く、情け深くても、見た目が醜く、言葉が、たどたどしければ、人から見下されることがある。だから、心と、言葉が、共に、優れているのが、めったにない素晴らしいことなのだ。
特に、この和歌の道に、志がある人は、まず、情感を深くし、心を込めることに専念し、言葉は、それに自然と従わせるようにして、詠むべきである。

【覚えておきたい知識】

文学史・古文常識:

  • 作者:鴨長明(かものちょうめい)。『方丈記』の作者としても知られる、鎌倉時代初期の歌人・文人。
  • 作品:『無名抄(むみょうしょう)』は、長明が和歌に関する様々な逸話や自身の見解を記した歌論書
  • 心と詞(ことば):和歌を評価する上での二大要素。
    • 心(こころ):歌に込められた内容、思想、情感、趣。
    • 詞(ことば):歌の言葉遣い、表現技法、調べ(リズム)。「姿(すがた)」も、ほぼ同義で使われる。
    • この「心」と「詞」のどちらを重視すべきか、という議論は、日本の詩歌論における永遠のテーマである。

重要古語:

  • 様(さま):ありさま、様子、スタイル。
  • やさし:優美だ、上品だ、風流だ。
  • 本体(ほんたい):根本、基本。
  • 情(じょう):情感、趣、風情。
  • 艶なり(えんなり):優美だ、あでやかで美しい。
  • 拙し(つたなし):下手だ、つたない。
  • ありがたし:めったにない、素晴らしい。
  • 心を致す:心を集中させる、専念する。

【設問】

【問1】筆者は、和歌を構成する二つの重要な要素として何を挙げ、それらがどのような関係にあると述べているか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 「情」と「哀れ」を挙げ、両者は同じ意味を持つと述べている。
  2. 「心」と「詞」を挙げ、両方が優れているのが理想だが、どちらか一方を捨てるのは難しいと述べている。
  3. 「昔の歌」と「今の世の歌」を挙げ、昔の歌の方が一方的に優れていると述べている。
  4. 「優美な言葉」と「なめらかな調べ」を挙げ、この二つが歌の根本であると述べている。
  5. 「容姿」と「心」を挙げ、人間と同様に、歌も見かけで判断してはならないと述べている。
【問1 正解と解説】

正解:2

筆者は冒頭で、「言葉のやさしく、なだらかなるを、本体とす」という意見(詞の重視)と、「情の哀れに、深く、艶なるを、先とすべし」という意見(心の重視)という、二つの対立する考え方を紹介しています。そして、「いづれも、一方を捨てがたし」と、両者の重要性を認めています。この「心(情)」と「詞(言葉)」が、和歌を構成する二大要素として対比的に論じられているのです。

【問2】筆者は、「心」と「詞」の関係を、人間を例にとって説明している。このたとえ話によって、筆者は何を明らかにしようとしているか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 歌も人間も、まず見た目の美しさがなければ、人に評価されることはないということ。
  2. 歌も人間も、心と言葉(=外見)が一致してこそ、初めて完璧な存在になるということ。
  3. 心と言葉のどちらか一方でも優れていれば、それは立派な歌であり、優れた人間であるということ。
  4. 人間は見た目で判断されがちだが、歌の本質は、言葉では表現できない深い心にあるということ。
  5. 言葉が巧みな歌は、口がうまい人間と同様に、中身が伴わないことが多いということ。
【問2 正解と解説】

正解:2

筆者は、たとえ話の中で、「姿、優に、美麗なる人も、心の愚かなるは、恥づかしき事あり」「心、賢く、情け深くとも、形、醜く、詞、たどたどしければ、人に侮らるる事あり」と、心と外見(言葉)のどちらか一方が欠けている場合の問題点を指摘しています。そして、「心、詞、共に、優れたらむこそ、ありがたきわざなれ」と結論づけています。このことから、人間において心と外見の調和が理想であるように、和歌においても、内容である「心」と、形式である「詞」の両方が優れている状態こそが、最も素晴らしく、理想的なのだということを明らかにしようとしているのです。

【問3】筆者は、理想を述べた上で、歌を志す人に対して「まづ、情を深く」するようにと勧めている。なぜ、両方が重要だとしながらも、「心(情)」を優先するよう結論づけているのか。その理由として最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 当時の歌壇では、言葉の美しさばかりがもてはやされ、心が軽視される傾向にあったから。
  2. 言葉の技術は、後からいくらでも学ぶことができるが、感動する心は生まれつきのものであるから。
  3. 昔の歌は、言葉は拙くても、心さえ深ければ、名作として後世に残っているから。
  4. 心を深く込めて詠めば、言葉は自然とそれにふさわしいものになっていくはずだから。
  5. 上記のすべて。
【問3 正解と解説】

正解:5

筆者が「心」を優先するよう勧める背景には、複数の理由が考えられます。まず、「今の世の歌は、詞をのみ先として、情の乏しき歌のみ多し」と、当時の風潮への批判(選択肢1)があります。また、「昔の歌は、詞、拙く聞こゆれども、情、深く、哀れなり」と、心が本質であるという歴史的な評価(選択肢3)も示しています。そして最終的に、「まづ、情を深く…詞をば、それに従へて」と述べるのは、深い感動や伝えたい内容(心)がまずあってこそ、それを表現するための言葉(詞)が意味を持つのであり、心が定まれば言葉は自然とついてくる、という創作論(選択肢4)に基づいています。生まれつきの才能云々(選択肢2)については直接の言及はありませんが、他の要素はすべて本文から導き出される、妥当な理由です。複合的に考えて、5が最も包括的な正解となります。

レベル:難関大レベル|更新:2025-07-24|問題番号:031