古文対策問題 027(おくのほそ道「平泉」)

【本文】

三代の栄耀、一睡のうちにして、大門の跡は、一里こなたにあり。秀衡が跡は、田野になりて、金鶏山のみ形を残す。
まづ、高館に登れば、北上川、南部より流るる大河なり。衣川は、和泉が城をめぐりて、高館の下にて、大河に落ち入る。泰衡らが旧跡は、衣が関を隔てて、南部口をさし固め、夷を防ぐと見えたり。さても、義臣すぐってこの城にこもり、功名一時の叢となる。国破れて山河あり、城春にして草青みたりと、笠うち敷きて、時の移るまで涙を落としはべりぬ。

 夏草や 兵どもが 夢の跡

卯の花に、兼房、見ゆるや、白毛の頭。

【現代語訳】

(奥州藤原氏)三代の栄華も、一睡の夢のように儚く過ぎ去り、惣門の跡は、ここから一里(約4km)手前にある。藤原秀衡の館の跡は、田や野原になってしまい、金鶏山だけが昔のままの姿を残している。
まず、源義経が住んだという高館に登ると、北上川が、南部地方から流れてくる大河であるのが見える。衣川は、和泉が城(=泰衡の居城)を巡って流れ、この高館の下で、北上川に合流している。泰衡らの古い居城の跡は、衣が関を間に置いて、南部地方からの入り口を固め、蝦夷(えみし)の侵入を防いでいたように見える。それにしても、(義経の)忠義な家臣たちを選りすぐってこの城に立てこもり、立てた功名も、一時のことで、今は草むらとなってしまった。「国は滅びても山や川は昔のまま残り、城跡には春が来て草木が青々と茂っている」という(杜甫の)詩を口ずさみ、笠を下に敷いて、時が経つのも忘れるほどに涙を流したのであった。

(夏草が、ただ生い茂っている。ここが、かつて武士たちが功名を夢見た場所の、跡なのだなあ)

(近くに咲く)卯の花の白い色が、白髪を振り乱して戦った(兼房の)姿に見えることだよ。

【覚えておきたい知識】

文学史・古文常識:

  • 作者:松尾芭蕉。江戸時代前期の俳諧師。
  • 作品:『おくのほそ道』。東北・北陸への旅を記した紀行文。
  • 平泉と奥州藤原氏:平泉は、平安時代後期、奥州(東北地方)で独自に栄えた藤原氏三代(清衡・基衡・秀衡)の拠点。源義経をかくまったことでも知られるが、その後、源頼朝によって滅ぼされた。
  • 典故(てんこ):中国・唐の詩人、杜甫(とほ)の「春望(しゅんぼう)」という漢詩の一節「国破れて山河あり、城春にして草木深し」を引用している。滅びた国の首都の春の景色を詠んだもので、芭蕉の心境と完璧に重なる。

重要古語・語句:

  • 栄耀(えいよう):栄華、贅沢を極めること。
  • 一睡のうち(いっすいのうち):ひと眠りの間。きわめて短い時間の比喩。
  • こなた:こちら、ここ。
  • 旧跡(きゅうせき):昔の遺跡、跡地。
  • 叢(くさむら):草むら。
  • 兵(つわもの):武士、兵士。
  • 卯の花(うのはな):初夏に咲く白い花。ウツギの花。

【設問】

【問1】作者の芭蕉が、平泉の地で「時の移るまで涙を落としはべりぬ」とあるが、彼が涙を流した最も大きな理由として、適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 旅の疲れがたまっており、故郷の江戸を思い出して感傷的になったから。
  2. かつての栄華の面影が全くない荒れ果てた風景に、ひどく失望したから。
  3. はるばる訪ねてきたのに、有名な金鶏山しか見ることができなかったから。
  4. かつての栄華と現在の荒廃の対比から、世の全てのものは移ろいゆくという無常を痛感したから。
  5. 源義経やその家臣たちの悲劇的な運命を思い、個人的な同情を禁じ得なかったから。
【問1 正解と解説】

正解:4

芭蕉の涙は、単なる同情や失望から来るものではありません。彼は、藤原氏「三代の栄耀」が「一睡のうち」に消え、「功名」も「一時の叢となる」という、過去の栄華と現在の荒廃の劇的な対比を目の当たりにしています。そして、杜甫の「国破れて山河あり」という詩を引用することで、この感慨が個人的なものではなく、古今東西に通じる普遍的なものであることを示しています。この、栄えているものも必ず滅びるという「無常」の真理を、この地で実感したことこそが、彼の涙の根源です。

【問2】俳句「夏草や 兵どもが 夢の跡」について、この句が表現している情景と心境の説明として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 夏の草の力強い生命力と、それに負けない武士たちの勇ましい魂を対比している。
  2. かつて武士たちが功名や野心を夢見た場所が、今ではただ夏草に覆われているだけだという、無常観と寂寥感。
  3. 武士たちの流した血を養分として、夏草が一層青々と茂っているという、自然の摂理の厳しさ。
  4. 夢半ばで倒れた武士たちの無念が、夏草の姿を借りてこの世に現れているという、心霊的な情景。
  5. 夏草を刈り払い、武士たちの夢の跡を後世に伝える記念碑を建てたいという、作者の決意。
【問2 正解と解説】

正解:2

この句の核心は、目の前の「夏草」という現在の静的な光景と、その場所に秘められた「兵どもが夢の跡」という過去の動的な記憶との対比にあります。「夢の跡」とは、武士たちが追い求めた栄華、勝利、野望といったものが、すべて夢のように消え去ってしまった、その痕跡(=場所)という意味です。ただ夏草が生い茂るだけの静かな風景の中に、時の流れと、人間の営みの儚さに対する、深い無常観と寂寥感が凝縮されています。

【問3】本文で、芭蕉は中国の詩人・杜甫の漢詩を引用している。この引用は、どのような効果をもたらしているか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 自らの漢詩の知識を披露することで、読者に対して自身の教養の深さを示している。
  2. 平泉で感じた悲しみが、杜甫が感じた悲しみよりも、はるかに深いものであることを強調している。
  3. 難解な漢詩を引用することで、文章全体に格調と重厚感を与えている。
  4. 自らが今感じている無常の感慨が、時代や国を超えた普遍的なものであることを示し、読者の共感を深めている。
  5. 杜甫の詩を借りることで、自らの言葉で悲しみを表現することを避け、感情を抑制している。
【問3 正解と解説】

正解:4

芭蕉は、平泉の廃墟を前にして感じた無常観を、自分一人の個人的な感傷としてではなく、かつて中国の詩人・杜甫が滅びた都で感じたのと同じ、普遍的な人間の感情として捉えています。有名な古典詩を引用することで、読者は「ああ、この芭蕉の悲しみは、あの杜甫の悲しみと同じなのだ」と理解し、時空を超えてその感情を共有することができます。このように、個人の体験を普遍的な文学的感動へと高めることが、引用の最大の効果です。

レベル:共通テスト〜難関私大|更新:2025-07-24|問題番号:027