古文対策問題 025(徒然草「花は盛りに」)

【本文】

花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは。雨に向かひて月を恋ひ、垂れこめて春の行方知らぬも、なほあはれに情け深し。咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ、見どころ多けれ。
歌の詞書にも、「花見にまかれりけるに、早く散り過ぎにければ。」など書けるも、あるまじき事と思ふ人は、げに、情けなさそうに、見えたり。
よろづの事も、始めと終はりこそ、をかしけれ。男女の情けも、ひとへに逢ひ見るをば言ふものかは。逢はで止みにし憂さを思ひ、あだなる契りをかこち、長き夜をひとり明かし、遠き雲居を思ひやり、浅茅が宿に昔をしのぶ、これこそ、色好むとは言はめ。

【現代語訳】

花は満開の時に、月は影もなく完璧に輝いている時だけを見るものであろうか(いや、そうではない)。雨に向かって(空にあるはずの)月を恋しく思い、簾を下ろして室内にこもり春が過ぎていくのを知らずにいるのも、やはりしみじみと趣深く、風情がある。今にも咲きそうな梢や、花が散ってしおれている庭などにこそ、見るべき価値が多いのだ。
和歌の前書きにも、「花見に出かけましたところ、残念ながら早くも散ってしまっていたので」などと書いてあるのを、「(花が散っているなら歌を詠むなんて)あるべきでないことだ」と思うような人は、なるほど、風情がなさそうに見える。
すべての事も、始めと終わりこそが、趣深いものだ。男女の恋も、ただひたすら逢って契りを結ぶことだけを言うのであろうか(いや、そうではない)。逢えずに終わってしまった辛さを思い、叶わなかった約束を嘆き、長い夜を独りで明かし、遠く離れた相手を想い、荒れた家で昔を懐かしむ、これこそが、本当の恋の道を知っていると言うべきだろう。

【覚えておきたい知識】

文学史・古文常識:

  • 作者:吉田兼好。鎌倉時代末期の僧侶・歌人。
  • 作品:『徒然草』。無常観を根底に、人間、社会、自然、美意識について、鋭い洞察を記した随筆。
  • 美意識:この章段は、日本の伝統的な美意識である「わび・さび」や「もののあはれ」の精神に深く通じる。完璧な状態(=盛り)だけでなく、その前後の不完全な状態や、想像の中にこそ美を見出すという、成熟した美学が示されている。

重要古語:

  • 盛り(さかり):真っ盛り、絶頂期。
  • 隈なし(くまなし):影がない、曇りがない。完璧である。
  • ~ものかは:~なものだろうか、いや、そうではない。強い反語表現。
  • 垂れこむ(たれこむ):簾などを下ろして閉じこもる。
  • あはれなり:しみじみと趣深い。
  • 詞書(ことばがき):和歌の前に書かれる、その歌が詠まれた状況などの説明文。
  • 情けなし:風情がない、思いやりがない。
  • をかし:趣がある、面白い。
  • ひとへに:ひたすら、もっぱら。
  • 雲居(くもい):空の遠い所。宮中や、遠く離れた人のいる場所を指す。

【設問】

【問1】筆者は、花や月について、どのような状態にこそ「見どころ多けれ」と述べているか。本文の趣旨に照らして最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 満開の花と、雲ひとつない満月という、完璧で華やかな状態。
  2. これから咲こうとする期待感や、散ってしまった後の余情が感じられる状態。
  3. 嵐や暴風雨に耐えて、力強く咲き続ける花や、輝きを失わない月の状態。
  4. 誰もが見向きもしないような、珍しい種類の花や、滅多に見られない月の状態。
  5. 大勢の人々と共に、宴を催しながら楽しむ、賑やかな花見や月見の状態。
【問1 正解と解説】

正解:2

筆者は冒頭で「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」と、完璧な状態だけを良しとする価値観を否定します。そして、その代わりに「咲きぬべきほどの梢(これから咲こうとする梢)」や「散りしをれたる庭」にこそ見るべき点が多いと主張しています。これは、物事のピーク(盛り)そのものよりも、そこに至るまでの期待感(=始め)や、過ぎ去った後の寂しさや余韻(=終わり)にこそ、深い趣を見出すという美意識の表れです。

【問2】筆者は恋愛についても、逢うことだけが全てではないと述べている。筆者が考える「色好む(恋の道を解する)」とは、どのようなものか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 相手の気持ちを尊重し、決して一方的な思いを押し付けないこと。
  2. 相手に会えない時間にも、相手を思い、叶わなかった恋の辛さや切なさを味わい尽くすこと。
  3. 多くの異性と交際し、様々な恋愛を経験することで、人間的な魅力を高めること。
  4. 一度結んだ約束は必ず守り、相手を裏切ることなく、誠実に愛し続けること。
  5. 恋愛の喜びや悲しみを、優れた和歌に詠んで、多くの人々の共感を得ること。
【問2 正解と解説】

正解:2

筆者は、男女の情けも「始めと終はりこそ、をかしけれ」という原則に沿って論じています。逢っている時間(=盛り)だけでなく、「逢はで止みにし憂さ」や「長き夜をひとり明かし」といった、会えない時間の苦悩や切なさにこそ、恋の真髄があると考えています。成就した喜びだけでなく、成就しない悲しみや、会えない時間の想像力の中にこそ、本当の「色好み」の姿がある、というのが筆者の主張です。

【問3】この文章全体を通して示される、作者・兼好の美意識や価値観の根底にある考え方は何か。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 物事は、完成された完璧な状態において、その最高の価値を発揮するという考え方。
  2. 人生の幸福は、いかに多くの美しいものを見、素晴らしい経験をするかで決まるという考え方。
  3. 物事の価値は、そのものの状態だけでなく、それを見る人の心のあり方によって決まるという考え方。
  4. 物事の価値は、頂点だけでなく、そこに至る過程や、過ぎ去った後の余韻を含めた全体の変化の中にあるという考え方。
  5. 人間は、不完全で移ろいやすいものだからこそ、永遠で完璧な自然の美に憧れるべきだという考え方。
【問3 正解と解説】

正解:4

この章段は、花、月、恋愛と例を挙げながら、一貫して同じテーマを主張しています。それは、「盛り」、つまり物事のピークや完成形だけを切り取って評価するのではなく、「始め(期待)」と「終わり(余韻)」を含めた、変化のプロセス全体にこそ趣がある、という価値観です。これは、万物は常に移り変わっていく(無常)という世界の真理を受け入れた上で、その変化のすべての局面に美しさや価値を見出そうとする、非常に成熟した美意識と言えます。

レベル:難関大レベル|更新:2025-07-24|問題番号:025