古文対策問題 020(枕草子「香炉峰の雪」)
【本文】
雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子参りて、炭櫃に火おこして、物語などして集まりさぶらふに、中宮の、「少納言よ、香炉峰の雪は、いかならむ。」と仰せらるれば、御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせ給ふ。
人々も、「さる事は、知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそよらざりつれ。この人の上、かうこそは、とのみ、覚ゆれ。」と言ふ。
【現代語訳】
雪がたいそう高く降り積もっているのを、(いつもとは違って)御格子(みこうし)をおろし申し上げて、火鉢に火をおこして、(女房たちが)おしゃべりなどをしながら中宮様のもとにお集まりしてお仕えしていると、中宮様が、「少納言よ、香炉峰の雪は、どのようなものでしょうか」と仰せになるので、(私が女房に命じて)御格子を上げさせて、御簾(みす)を高く巻き上げたところ、(中宮様は)お笑いになった。
周りの女房たちも、「そのようなこと(=香炉峰の故事)は、知識としては知っており、歌などにも詠むけれど、(中宮様のご質問の意図に)思いつきもしなかった。この人(=清少納言)の才能は、こういう場面でこそ発揮されるのだと、つくづく感じられる」と言う。
【覚えておきたい知識】
文学史・古文常識:
- 作者:清少納言。中宮定子に仕えた女房。
- 作品:『枕草子』。機知とユーモア、鋭い観察眼が特徴の随筆。
- 典故(てんこ):故事来歴、引用元。この話の鍵は、中国・唐の詩人である白居易(はくきょい)の漢詩の一節を理解しているかどうかにある。
- 元ネタの漢詩:白居易の詩集『白氏文集(はくしもんじゅう)』にある詩の一節、「香炉峰の雪は、簾を撥げて看る(こうろほうのゆきは、すだれをかかげてみる)」が元になっている。「香炉峰の雪景色は、簾を高く巻き上げて眺めるのが素晴らしい」という意味。
重要古語:
- 例ならず:いつもとは違って、普段と違って。
- 御格子(みこうし):部屋の外側にある木製の格子戸。これを下ろすと外が見えなくなる。
- さぶらふ(候ふ):「あり」の丁寧語。高貴な方のそばにお仕えする、の意もある。
- 仰せらる:「言ふ」の最高尊敬語。「仰す」+尊敬の助動詞「らる」。
- 御簾(みす):御格子の内側にかける竹製のすだれ。
- 思ひよらず:思いもよらない、考えが及ばない。
- この人の上:この人(清少納言)の真価、才能。
【設問】
【問1】中宮定子が「香炉峰の雪は、いかならむ」と問いかけた時、他の女房たちがすぐに行動できなかったのに対し、清少納言だけが即座に行動できたのはなぜか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 日頃から雪景色を眺めるのが好きで、中宮の気持ちを察することができたから。
- 他の女房たちより身分が高く、御簾を上げる役目を任されていたから。
- 中宮の言葉が、白居易の漢詩に基づいた問いかけであると、即座に理解したから。
- 部屋が暗くて寒かったので、早く御格子を上げて外の光を入れたいと思っていたから。
- 中宮が何を求めているかわからなかったが、とにかく何か気の利いた行動をしようと考えたから。
【問1 正解と解説】
正解:3
中宮の問いは、単に香炉峰という山の雪の様子を尋ねているのではなく、白居易の漢詩「香炉峰の雪は、簾を撥げて看る」という一節を踏まえた、高度な文学的クイズです。清少納言は、この問いかけの意図、つまり引用元(典故)を瞬時に理解したため、「詩にある通り、簾を巻き上げて雪景色を眺める」という、問いに対する完璧な「答え」を、言葉ではなく行動で示すことができたのです。
【問2】清少納言の行動に対して、中宮が「笑はせ給ふ」とあるが、この時の感情として最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 期待外れの行動に、呆れてしまった失笑。
- 自分の意図を見事に汲み取った、才気への感心と満足の笑み。
- 突然、御簾を上げて外の寒気を入れた、突飛な行動に対する爆笑。
- 他の女房たちが誰も答えられなかった状況を、愉快に思う嘲笑。
- 雪景色があまりに美しかったために、自然とこぼれた喜びの笑み。
【問2 正解と解説】
正解:2
この「笑ひ」は、自分の出した難問の意図を、清少納言がまさに思った通りに、しかも言葉で説明するという野暮なことではなく、詩の世界を再現するという最も洗練された形で応えてくれたことへの、深い満足と感心の表れです。「よくぞわかってくれた」という喜びと、その才気を愛おしむ気持ちが込められた、肯定的な笑みです。
【問3】この逸話は、清少納言が仕えた中宮定子のサロン(周囲に集う人々)が、どのような雰囲気であったことを示しているか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 身分や家柄が重視され、厳格な序列が保たれた、緊張感のある雰囲気。
- 和歌や物語など、日本の古典文学の知識だけが尊重される、国風文化中心の雰囲気。
- 政治的な駆け引きや、権力をめぐる陰謀が絶えず行われる、疑心暗鬼に満ちた雰囲気。
- 漢詩の知識などを基にした、知的で機知に富んだ会話が日常的に楽しまれる、洗練された文化的な雰囲気。
- 格式張った教養よりも、素直な感情表現や人間的な温かさが愛される、家庭的な雰囲気。
【問3 正解と解説】
正解:4
中宮定子が、日常の何気ない会話の中で、漢詩の知識を前提とした問いかけをする。そして、それに仕える清少納言が、即座にその意図を理解して、機知に富んだ行動で応える。この一連の流れは、定子を中心とするサロンが、単に身分が高い人々の集まりであるだけでなく、漢学の素養をはじめとする高度な教養を共有し、それを基にした知的でウィットに富んだやり取りを楽しむ、非常に洗練された文化空間であったことを物語っています。