古文対策問題 019(平家物語「木曽殿最期」)

【本文】

(木曽義仲の軍勢が敗れ、主従は数騎にまで討ち減らされた場面)
今井四郎、申しけるは、「日ごろは何ともおぼえ候はぬ鎧が、今日は重うなりて候ふぞや。御身も、はや、御疲れに候ふらん。一領召いて候ふ御着背長、脱がせ給ひて、あれに投げさせ給へ。」と申す。木曽殿、これを聞こしめし、うなづいて、赤地の錦の直垂の上に、萌黄匂の鎧、着給へりけるが、これを脱ぎ、今井四郎に持たせ、着背長を脱いで、そこなる木の枝にうち懸け、粟津の松原へぞ駆け給ふ。
「日ごろは、音にも聞きつらん、木曽殿の、今日の戦の様、見届けよ。」とて、駆け給ふ。今井四郎、ただ一騎にて、駆けたりけるが、木曽殿の御跡を追ひて、「今は、誰々もおはせず、ただ四郎ばかりになりて候ふ。いかにも、御自害の用意を、せさせ給へ。」と申す。木曽殿、「われは、ここで自害せむ。お前は、あれへ行きて、最後の戦をして、討死にせよ。」とて、粟津の松原へ駆け給ふ。
今井四郎、申しけるは、「それは、いかでか。主君の御自害を見届けずして、討死にせむことは、臆病の聞こえあるべし。最後の戦をして、討死にせむは、易き事なり。御自害の様を見届け奉りてこそ、討死にをもつかまつり候はめ。」と申す。

【現代語訳】

(木曽義仲の軍勢が敗れ、主従は数騎にまで討ち減らされた場面)
今井四郎(兼平)が申したことには、「普段は何とも感じません鎧が、今日は重くなっておりますなあ。あなた様(義仲)も、さぞ、お疲れでございましょう。一領お召しになっている御着背長(鎧の下に着る豪華な衣服)を、お脱ぎになって、あちらにお投げください」と申す。木曽殿は、これをお聞きになり、頷いて、赤地の錦の直垂の上に、萌黄色のグラデーションの鎧を着ていらっしゃったが、これを脱ぎ、今井四郎に持たせ、着背長を脱いで、そこにある木の枝にうち掛け、粟津の松原へと駆けなさる。
「普段は、噂にも聞いていただろう、木曽殿の、今日の戦の様子を、よく見ておけ」と言って、駆けなさる。今井四郎は、ただ一騎で、駆けていたが、木曽殿の御跡を追って、「今は、誰もおいでになりません、ただ四郎(私)だけになっております。どのような形でも、御自害の用意を、なさってください」と申す。木曽殿は、「私は、ここで自害しよう。お前は、あちらへ行って、最後の戦をして、討死にせよ」と言って、粟津の松原へ駆けなさる。
今井四郎が申したことには、「それは、どうして(そのようなことをおっしゃるのですか)。主君の御自害を見届けないで、討死にすることは、臆病だという評判が立つでしょう。最後の戦をして、討死にすることは、簡単なことです。御自害の様子を見届け申し上げてからこそ、討死にもいたしましょう」と申す。

【覚えておきたい知識】

文学史・古文常識:

  • 作品:『平家物語』は鎌倉時代に成立した軍記物語。平家一門の栄枯盛衰を描く。
  • 登場人物:
    • 木曽義仲(きそよしなか):源氏の武将。平家を都から追い出す功績を立てるが、粗野な言動で後白河法皇らと対立し、源頼朝が派遣した軍に敗れる。
    • 今井四郎兼平(いまいしろうかねひら):義仲の乳兄弟で、最も信頼する忠臣。義仲と最後まで運命を共にする。
  • 武士の価値観:名誉を重んじ、不名誉な死(不覚)を極度に嫌う。主君への忠義が最高の美徳とされた。

重要古語:

  • 候ふ(さうらふ):「あり」の丁寧語。
  • 聞こしめす:「聞く」の尊敬語。お聞きになる。
  • 直垂(ひたたれ):武士が平時に着用した衣服。
  • 着背長(きせなが):鎧の下に着る、裾の長い豪華な衣服。
  • 自害(じがい):自ら命を絶つこと。切腹など。
  • いかでか:どうして~か(反語)。いや、~ない。

【設問】

【問1】今井四郎が、木曽義仲に「御着背長、脱がせ給ひて、あれに投げさせ給へ」と進言したのはなぜか。その理由として最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 高価な着背長を敵に奪われるのが口惜しかったから。
  2. 派手な着背長は敵の標的になりやすいと考えたから。
  3. 主君が疲れ果てているのを見て、少しでも身軽にさせようとしたから。
  4. 着背長を囮にして、敵の注意をそちらに引きつけようとしたから。
  5. 最後の戦いに臨むにあたり、みすぼらしい恰好になるのを嫌ったから。
【問1 正解と解説】

正解:3

今井四郎は、「日ごろは何ともおぼえ候はぬ鎧が、今日は重うなりて候ふぞや。御身も、はや、御疲れに候ふらん」と、まず自分と主君の疲労について述べています。その直後に着背長を脱ぐことを進言していることから、この提案が、疲れ果てた主君の負担を少しでも軽くしようという、忠臣としての思いやりであることがわかります。

【問2】木曽義仲は今井四郎に「最後の戦をして、討死にせよ」と命じたが、今井四郎はそれを断り、「御自害の様を見届け奉りてこそ」と主張した。彼のこの主張の根底にある武士の価値観として、最も重要なものは何か。

  1. 主君の命令には、いかなる場合でも絶対服従するという価値観。
  2. 主君の最期を見届けることこそが、家臣としての最大の忠義であるという価値観。
  3. 一騎でも多くの敵を討ち取ることが、武士としての名誉であるという価値観。
  4. 最後まで生き残り、主君の無念を後世に伝えることが重要であるという価値観。
  5. 主君と同じ場所で、同じ瞬間に死ぬことこそが美しいという価値観。
【問2 正解と解説】

正解:2

今井四郎は、主君の命令であっても、それを実行すれば「臆病の聞こえあるべし(臆病だという評判が立つだろう)」と反論します。彼にとって、主君の最期を見届けずに自分が先に死ぬことは、主君を見捨てた臆病者と見なされる最大の名誉棄損でした。主君が名誉ある自害を遂げるのを見届ける、その最後の役目を果たすことこそが、家臣としての最高の忠義であり、それなくしては自分も安心して死ねない、という武士の強い価値観が表れています。

【問3】この場面における木曽義仲と今井四郎のやり取りは、物語全体の中でどのような効果を生んでいるか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 主君と家臣の意見が対立する様子を描き、木曽軍の統率が乱れていたことを示している。
  2. 絶望的な状況にあっても、互いを深く思いやる、理想的な主従の絆の強さを示している。
  3. 自害の場所やタイミングをめぐって議論する、武士たちの現実的な死生観を示している。
  4. 戦に敗れた武将の惨めな姿を描き、読者の同情を誘おうとしている。
  5. 二人の会話を通じて、この後の戦況が逆転する可能性を示唆している。
【問3 正解と解説】

正解:2

この場面は、敗走という極限状況の中で交わされる、主従の最後の会話です。主君の身を案じる家臣、その家臣に名誉ある死に場所を与えようとする主君、そしてその主君の最期を見届けることこそが自らの死に場所だと主張する家臣。二人の会話は、互いの名誉と立場を深く理解し、思いやる気持ちに満ちています。このやり取りは、二人の悲劇的な最期を、単なる敗北者の死ではなく、崇高な主従愛に貫かれた壮絶な死として描き出し、物語に深い感動を与えています。

レベル:共通テスト〜難関私大|更新:2025-07-23|問題番号:019