古文対策問題 002(枕草子「春はあけぼの」)
【本文】
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこし明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。
夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。
秋は夕暮れ。夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。
冬はつとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりてわろし。
【現代語訳】
春は夜明け前がいい。だんだんと白んでいく山際が、少し明るくなって、紫がかった雲が細くたなびいているのがいい。
夏は夜がいい。月が出ている頃は言うまでもなく、闇夜もやはり、蛍がたくさん乱れ飛んでいるのがいい。また、ほんの一匹か二匹などが、かすかに光って飛んでいくのも趣深い。雨などが降るのも趣深い。
秋は夕暮れがいい。夕日が射して山の稜線にとても近くなった頃に、烏が寝ぐらへ帰ろうとして、三羽四羽、二羽三羽などと飛び急ぐ様子までもが心にしみる。ましてや雁などが連なって飛んでいるのが、とても小さく見えるのは、たいそう趣深い。日がすっかり沈んでしまってから聞こえる、風の音や虫の音などは、また格別で言うまでもない。
冬は早朝がいい。雪が降った朝は言うまでもなく、霜がたいそう白いのも、またそうでなくてもとても寒い朝に、火などを急いでおこして、炭を持って部屋を渡っていくのも、冬の朝にとても似つかわしい。昼になって、寒さが緩んでいくと、火鉢の火も、白い灰ばかりになってしまって好ましくない。
【覚えておきたい知識】
作品:『枕草子』は平安時代中期に清少納言によって書かれた随筆。作者の鋭い感性による自然や人事の観察が、「をかし」の美意識のもとに記される。
重要古語:
- やうやう:だんだん、次第に。
- さらなり:(「言ふもさらなり」で)言うまでもない。
- あはれなり:しみじみと心に深く感じられる趣。
- つとめて:早朝。
- つきづきし:似つかわしい、ふさわしい。
- わろし:好ましくない、感心しない。
【設問】
【問1】冬の段にある「火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし」について、作者はどのような点に「つきづきし(似つかわしい)」と感じているのか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 寒い冬の朝に、暖かい火があるというありふれた光景のありがたみ。
- 厳しい寒さの早朝と、そこにもたらされる人の手による温かさとの対比の美しさ。
- 貴族の優雅な暮らしぶりと、忙しく立ち働く女房たちの健気な姿。
- ようやく暖かくなってきたと思ったら、また寒さが戻ってくる自然の厳しさ。
- 火をおこすという慌ただしい行為が、静かな冬の朝の雰囲気を壊す面白さ。
【問1 正解と解説】
正解:2
作者は「いと寒き」早朝の情景をまず設定しています。その静かで厳しい寒さの中に、「火など急ぎおこし」「炭持て渡る」という人間の営みと、それがもたらす視覚的・感覚的な温かさが加わります。この「厳しい寒さ」と「人の営みの温かさ」の鮮やかな対比こそが、冬の早朝という時間帯に「似つかわしい」と作者が感じた趣(「をかし」)の源泉です。
【問2】この文章全体を通して作者が描こうとしている「をかし」の感覚に、最も合致しないものはどれか。次の中から一つ選べ。
- 春の夜明けの、光と色の繊細な移り変わり。
- 夏の闇夜に、ほのかに光りながら飛んでいく蛍。
- 秋の夕暮れに、遠く小さく見える雁の列。
- 冬の昼どき、白い灰ばかりになった生気のない火鉢。
- 雨の降る夏の夜の、音や湿り気がもたらす風情。
【問2 正解と解説】
正解:4
作者は、各季節の最も趣深い瞬間(「をかし」と感じる情景)を切り取っていますが、冬の段の最後だけは「わろし(好ましくない)」という否定的評価で締めくくっています。昼になってぬるくなり、火鉢の火も生気を失った情景は、作者の美学に反するものです。選択肢1,2,3,5はすべて作者が肯定的・魅力的に描いている「をかし」の情景ですが、4だけは明確に否定されているため、これが正解となります。