古文対策問題 015(枕草子「にくきもの」)

【本文】

にくきもの。急ぐことあるをりに来て、長言する客人。あなづりやすき人ならば、「後に。」とても、言ひてむ。いと心ぐるしき人、いかでか言ひ出でむ。
物など、こなたかなたに置きて、探すに、よく知らぬ人、ことことしげに、「それは、あなたにこそ。」「これ、こなたに。」など言ふ、うたてあり。よく知れる人だに、ある所を、さだかに知らねばこそ、尋ぬるものを。さし出でて、知り顔に言ふ、いとにくし。
鼻ひて、誦文する人。また、おほかた、人の、声立てて、物言ふに、鼻ひて、うちうなづく。人の言ふ事を、くり返し、うちうなづく者。
また、物語するに、さし出でて、「我も、それは知れり。詳しく語らむ。」と言ふも、いとにくし。

【現代語訳】

気に食わないもの。急ぎの用事がある時にやって来て、長話をする客。見くびって軽く扱える相手ならば、「後ほどに」とでも言って(追い返せ)よう。しかし、たいそう気兼ねするような(身分の高い)相手だと、どうして(帰ってほしいと)言い出せようか(いや、言い出せない)。
探し物などを、あちこちに置いて、探している時に、たいして事情も知らない人が、さも大げさに、「それは、あちらにございますよ」「これは、こちらに」などと言うのは、いやな感じだ。よく知っている自分でさえ、ある場所を、はっきりとは知らないからこそ、探しているというのに。でしゃばってきて、知ったかぶりで言うのは、たいそう気に食わない。
鼻をすすりながら、お経などを唱える人。また、だいたい、人が、声を出して話している時に、鼻をすすりながら、相づちを打つこと。人の言ったことを、いちいち繰り返し、相づちを打つ者。
また、自分が話をしている時に、横から口出しして、「私も、その話は知っている。詳しく語ってやろう」と言うのも、たいそう気に食わない。

【覚えておきたい知識】

文学史・古文常識:

  • 作者:清少納言。平安時代中期の女流作家。一条天皇の中宮・定子に仕えた。
  • 作品:『枕草子』は、作者の鋭い観察眼と「をかし」の美意識で宮廷生活や四季の自然を描いた随筆。
  • ものづくし(物尽くし):本作の大きな特徴である章段形式の一つ。「~もの」というテーマを掲げ、それに合致する事物を次々と列挙していく。「にくきもの」のほか、「うつくしきもの(かわいらしいもの)」「すさまじきもの(興ざめなもの)」などが有名。

重要古語:

  • にくし(憎し):気に食わない、憎らしい、不快だ。現代語の「憎い」ほどの強い憎悪だけでなく、軽い不快感も表す。
  • をり(折):時、場合、機会。
  • 長言(ながごと):長話。
  • あなづりやすし:見くびりやすい、軽々しく扱いやすい。
  • 心ぐるし:気兼ねだ、気が引ける。
  • こなたかなた:あちらこちら。
  • うたてあり:いやな感じだ、不快だ。
  • さし出づ(差し出づ):でしゃばる、口出しする。

【設問】

【問1】「長言する客人」の例で、作者が特に「にくし」と感じる状況を悪化させている要因は何か。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 客の話が、自慢話ばかりで非常につまらないこと。
  2. 客が、作者が急いでいることに全く気づいていないこと。
  3. 客の身分が高く、帰ってほしいと直接言えないこと。
  4. 客が、何の連絡もなしに突然訪ねてきたこと。
  5. 客が、作者が探している物を隠していると疑われること。
【問1 正解と解説】

正解:3

作者はまず「急ぐことあるをり」に長話をする客が「にくし」と述べています。そして、その状況をさらに悪化させているのが、「いと心ぐるしき人(たいそう気兼ねする相手)」であるという点です。もし相手が「あなづりやすき人」なら「後に」と言って追い返せるのに、身分が高いなどの理由で気兼ねする相手だからこそ、何も言えずにイライラが募るのです。この、言いたくても言えないもどかしさが、状況を悪化させている核心です。

【問2】「探し物」の例と「物語する」例に共通する、作者が「にくし」と感じる人物像はどのようなものか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 親切心から、相手のために一生懸命になろうとする人物。
  2. 自分の知識や経験をひけらかし、知ったかぶりをする人物。
  3. 相手の話に真剣に耳を傾け、深く共感しようとする人物。
  4. 控えめな性格で、自分の意見をなかなか表に出さない人物。
  5. 何事においても、他人任せで自分では何もしようとしない人物。
【問2 正解と解説】

正解:2

「探し物」の例では、よく知りもしないのに「知り顔に言ふ」人物が、「物語する」例では、話の腰を折って「我も、それは知れり。詳しく語らむ」とでしゃばる人物が、それぞれ「いとにくし」とされています。両者に共通するのは、状況をわきまえず、自分の知識をひけらかしたいという自己顕示欲の強さ、つまり「知ったかぶり」をする点です。作者は、このような出しゃばりで配慮のない人物を非常に嫌っていることがわかります。

【問3】このような「ものづくし」の章段は、『枕草子』という作品にどのような特徴を与えているか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 様々な出来事を時系列に沿って記録することで、歴史書のような正確さを与えている。
  2. 一つのテーマについて深く掘り下げることで、学術論文のような論理性を与えている。
  3. 作者個人の主観的な判断基準で世の中の事象を分類することで、作者の個性や人間性を際立たせている。
  4. 特定の登場人物を設けず、普遍的な人間の感情を描くことで、読者の幅広い共感を得ようとしている。
  5. 美しい言葉や比喩を多用することで、物語詩のような豊かな情景描写を生み出している。
【問3 正解と解説】

正解:3

「にくきもの」というテーマのもとに列挙される事柄は、客観的な事実ではなく、すべて「作者(清少納言)が気に食わないと感じるもの」です。この「ものづくし」という形式は、作者がどのような物事に心を動かされ、何に喜び、何に腹を立てるのかという、極めて個人的で主観的な判断基準をダイレクトに読者に提示します。これにより、歴史物語や恋愛物語とは異なり、「清少納言」という一人の人間のユニークな個性、鋭い感性、そして人間味そのものが、作品の最大の魅力として浮かび上がってくるのです。

レベル:共通テスト〜難関私大|更新:2025-07-23|問題番号:015