古文対策問題 014(更級日記「源氏物語との出会い」)

【本文】

あづまぢの道のはてよりも、なほ奥つ方に生ひ出でたる人、いかばかりかは、あやしかりけむを、いかに思ひはじめける事にか、世の中に物語といふもののあんなるを、いかで見たてまつらむ、と思ひつつ、つれづれなる昼間、宵居などに、姉、まま母などやうの人々の、その物語、かの物語、光源氏の光る君など、ところどころ語るを聞くに、いとどゆかしさまされど、わが思ふままに、そらにいかでかおぼえ語らむ。いみじく心もとなきままに、等身に薬師仏をつくりて、手を洗ひきよめて、人まに、忍びて入りつつ、「京にとく上げ給ひて、物語の多く候ふなる、あるかぎり見せ給へ。」と、身を捨てて額をつき、祈り申すほどに、十三になる年、上らむとて、九月三日門出して、いまたちといふ所に移る。
年ごろ、遊び慣れつる所を、あらはにこぼち散らして、たち騒ぎて、日の入りぎはの、いとすごく霧りわたりて、もの悲しき事を言ひしろへるに、ある人、この物語、かの物語、五十余巻、櫃に入りながら、ざい中より、ただ今持て来たる。夢心地して、さて、この物語、一の巻より、みな見せ給ふ。

【現代語訳】

東国の道の果てよりも、さらに奥の方で生まれ育った人(=私)は、どれほど田舎びていたことであろうか、どのように思い始めたことであったか、世の中に物語というものがあるそうだが、何とかしてそれを拝見したい、と思い続けて、手持ち無沙汰な昼間や、夜更かししている時などに、姉や継母などのような人々が、その物語や、あの物語、光源氏の光る君のことなどを、一部分一部分語るのを聞くと、ますます知りたい気持ちが募るのだが、(彼女たちが)私の思うままに、そらんじてどうして覚えて語ってくれるだろうか(いや、語ってはくれない)。ひどく待ち遠しくじれったいままに、自分と等身大の薬師仏を造って、手を洗い清めて、人がいない間に、こっそりと(仏間の)中に入っては、「私を都へ早く上らせてくださいまして、物語がたくさんございますという、そのすべてをお見せください」と、身を投げ出すようにして額を床につけ、お祈り申し上げるうちに、十三歳になる年、都へ上ることになって、九月三日に門出をし、いまたちという所に移る。
長年、遊び慣れた所を、すっかり取り壊して、人々が立ち騒いで、日の入る間際の、たいそうもの寂しく霧が立ち込めて、悲しいことなどを言い合っている時に、ある人が、この物語、かの物語(=源氏物語)を、五十余巻、櫃に入ったままの状態で、任国から、たった今持ってきた。夢のような気持ちがして、そして、この物語を、一の巻から、全部見せてくださる。

【覚えておきたい知識】

文学史・古文常識:

  • 作者:菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)。平安時代中期の貴族女性。
  • 作品:『更級日記』は、作者が十代前半から五十代までの約四十年間を回想して記した日記文学。特に、少女時代に物語の世界に強く憧れ、やがて現実の人生との乖離に悩み、仏道に心を寄せていく内面の変化が克明に描かれる。
  • 物語の価値:平安時代、物語は手書きの写本でしか存在せず、非常に高価で貴重なものであった。『源氏物語』全巻セットなどは、地方に住む少女にとってはまさに夢の宝物だった。

重要古語:

  • あづまぢ(東路):東国へ向かう道。また、東国そのもの。
  • ゆかし:見たい、聞きたい、知りたい。心が引かれる。
  • 心もとなし:待ち遠しい、じれったい、気がかりだ。
  • 人ま(人目):人のいない時、人目がないこと。
  • 門出(かどで):旅立ち、出発。
  • すごし:もの寂しい、気味が悪い。

【設問】

【問1】傍線部「身を捨てて額をつき、祈り申す」とあるが、作者がここまで熱心に祈った最大の目的は何か。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 田舎での暮らしに飽き、一刻も早く華やかな都へ行きたかったから。
  2. 都へ行って、物語を思う存分読むという願いを叶えたかったから。
  3. 都にいるという薬師仏に、直接会って自分の手で造りたかったから。
  4. 姉や継母たちのように、物語を上手に語れるようになりたかったから。
  5. 都へ行って、光源氏のような素敵な男性と出会いたかったから。
【問1 正解と解説】

正解:2

作者の祈りの言葉は、「京にとく上げ給ひて、物語の多く候ふなる、あるかぎり見せ給へ」と具体的です。都へ行くこと自体も目的ですが、それはあくまで「物語をすべて見る」ための手段として祈られています。人々が語る物語の断片を聞いて「いとどゆかしさまされど」と感じていた作者にとって、物語を思う存分読むことこそが、仏に身を投げ出して祈るほどの、最大の願いであったことがわかります。

【問2】旅立ちの日の夕方、「もの悲しき事を言ひしろへる」という寂しい雰囲気の中で、『源氏物語』全巻が届けられた。この場面設定は、作者の喜びをどのように引き立てているか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 悲しい別れの場面であるからこそ、物語が唯一の慰めになることを強調している。
  2. 住み慣れた家との別れの悲しみが、予期せぬ贈り物によって一瞬で吹き飛ぶほどの、劇的な喜びを演出している。
  3. これから始まる長い旅の不安を、物語の力で乗り越えようとする作者の決意を示している。
  4. 悲しい時には楽しい物語を読むのが一番だ、という作者の人生哲学を表現している。
  5. 旅立ちの日の霧が、これから始まる物語の世界の幻想的な雰囲気を象徴している。
【問2 正解と解説】

正解:2

作者は、長年住んだ家が取り壊され、夕霧が立ち込める中で、人々が悲しい言葉を交わすという、感傷的で沈んだ雰囲気の中にいました。その「悲しみ」の絶頂の瞬間に、最も焦がれていた『源氏物語』全巻が「夢」のように現れます。この急激な「悲」から「喜」への転換、つまりマイナスの感情が最高潮に達したところでプラスの出来事が起こるという対比的な演出によって、作者の喜びがより一層劇的で、運命的なものとして読者に強く印象づけられるのです。

【問3】この文章からうかがえる、少女時代の作者の人物像として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 現実の出来事には無関心で、ひたすら物語の世界に没入することを夢見る、内向的で想像力豊かな少女。
  2. 自分の願いを叶えるためには、神仏に祈るだけでなく、自ら行動を起こす、積極的で現実的な少女。
  3. 周囲の人々とのコミュニケーションを大切にし、物語を通じて人との輪を広げようとする、社交的な少女。
  4. 早く大人になって、物語の登場人物のような華やかな恋愛を経験したいと願う、早熟な少女。
  5. 物語の内容を深く分析し、その文学的価値を正しく理解しようと努める、知的な少女。
【問3 正解と解説】

正解:1

作者は、人々が語る物語の断片から全体を想像し、「いとどゆかしさまされど」と憧れを募らせ、等身大の仏像を造って祈るなど、その情熱を内面で燃やします。彼女の関心は、現実の人間関係や社交よりも、もっぱら「世の中に物語といふもの」に向いています。この、一つのことに深く没入し、現実よりも物語の世界に心を遊ばせる姿は、内向的で想像力豊かな少女という人物像を強く浮かび上がらせます。

レベル:共通テスト標準|更新:2025-07-23|問題番号:014