古文対策問題 010(堤中納言物語「はいずる犬」)
【本文】
はいずる犬の、御殿の廊にて、御前をはいまわりつつ、人々に物を乞ひ、笑はるるさま、いとあはれにをかし。
かかるものをも、なにがしの君は、御心にかけ給ひて、食ひ物を与へ、袖に入れておほしたるを、下衆ども見て、これをかし、とて、「よくもかうあはれなることをせ給ふ」とほめける。
さても、もののあはれ知る人の、下なるものをも思ひやる御心は、世にもめでたきことなりけり。
【現代語訳】
這いずるように歩く犬が、御殿の廊下で、主人の前を這い回りながら、人々に食べ物をねだり、その姿はとてもいじらしく面白い。
そんな犬にも、某の君は心を配り、食べ物を与えて袖に入れて隠してやったのを、下働きの者たちが見て「よくもまあ、こんなに情け深いことをなさるものだ」と感心して誉めた。
物の情趣が分かる人が、身分の低い者や動物にも思いやりを示す心は、世の中でも立派なことである。
【覚えておきたい知識】
文学史・古文常識:
- 作者:未詳。平安時代後期の短編物語集『堤中納言物語』の一篇。
- 作品:『堤中納言物語』は、貴族社会の日常や人情を描く短編物語集。
- 御殿:貴族の邸宅、屋敷。
- 廊(ろう):廊下。
重要古語・語句:
- はいずる:這う、地を這って進む。
- あはれにをかし:いじらしくも面白い。
- かかるもの:このようなもの。
- 下衆(げす):身分の低い者、下働きの人。
- めでたし:立派だ、素晴らしい。
- もののあはれ:物事に対する深い情趣・感受性。
【設問】
【問1】「はいずる犬」の描写から、作者が伝えたい人間観として最もふさわしいものを一つ選べ。
- 身分の高い人は、動物に関心を持たなくてよい。
- 犬の行動は滑稽であるから面白い。
- 身分や立場に関係なく、思いやりを持つことが大切である。
- 下働きの者は、上の者を批判しやすい。
- 動物を大事にすると運がよくなる。
【問1 正解と解説】
正解:3
本文は、身分や立場に関わらず、弱いものへの思いやりが大切だという人間観を伝えている。物の情趣(あはれ)を知る人の徳が称賛されている。
【問2】「某の君」の行動について、下働きの者たちはどのように評価したか、最も適切なものを一つ選べ。
- あきれて何も言わなかった。
- 心の中では馬鹿にしていた。
- その優しさに感心し、誉めた。
- 犬を追い払うよう忠告した。
- 無関心であった。
【問2 正解と解説】
正解:3
下衆ども(下働きの者たち)は「よくもかうあはれなることをせ給ふ」と言って、その優しさに感心し、誉めている。
【問3】「もののあはれ知る人の、下なるものをも思ひやる御心」とはどのような意味か、一つ選べ。
- 物の情趣を理解できる人は、身分の低い者や弱い存在にも思いやりをもつ心を持つということ。
- 物の情趣を知らない人ほど、他者を思いやる。
- 身分の低い者が、上の者に思いやりを示すべきである。
- 動物は人間に感謝するべきだということ。
- 貴族社会では思いやりは不要である。
【問3 正解と解説】
正解:1
「もののあはれ知る人の、下なるものをも思ひやる御心」は、「物の情趣を深く理解する人は、身分の低い者や弱い存在にも自然と優しさを示す」という意味である。