144(『戦国策』燕策 より 漁夫の利)

本文

趙且伐燕。蘇代為燕謂恵王曰、「今者臣来、過易水。蚌方出曝、而鷸啄其肉、蚌合而拑其喙。(1)鷸曰、『今日不雨、明日不雨、即有死蚌。』蚌亦謂鷸曰、『今日不出、明日不出、即有死鷸。』両者不肯相舎。漁者得而并擒之。
(2)今趙且伐燕、燕・趙久相支、以弊大衆、臣恐彊秦之為漁夫也。故願王之熟計之也。」恵王曰、「善。」乃止。

【書き下し文】
趙(ちょう)、将(まさ)に燕(えん)を伐(う)たんとす。蘇代(そだい)、燕の為に恵王(けいおう)に謂(い)ひて曰く、「今者(いま)、臣来たるに、易水(えきすい)を過ぐ。蚌(ぼう)、方(まさ)に水より出でて曝(さら)すに、鷸(いつ)、其の肉を啄(ついば)む。蚌、合して其の喙(くちばし)を拑(はさ)む。(1)鷸曰く、『今日(こんにち)雨ふらず、明日(みょうにち)雨ふらずんば、即(すなは)ち死蚌(しぼう)有らん。』と。蚌も亦(ま)た鷸に謂ひて曰く、『今日出ださず、明日出ださずんば、即ち死鷸有らん。』と。両者(りょうしゃ)、相(あひ)舎(す)つるを肯(がへん)ぜず。漁者(ぎょしゃ)、得て之(これ)を并(あは)せ擒(とら)ふ。
(2)今、趙、将に燕を伐たんとす。燕・趙、久しく相支(ささ)へ、以て大衆(たいしゅう)を弊(つか)れしめば、臣、彊秦(きょうしん)の漁夫と為(な)らんことを恐るるなり。故に王の之を熟計(じゅっけい)せんことを願ふなり。」と。恵王曰く、「善(ぜん)なり。」と。乃(すなは)ち止(や)む。

【現代語訳】
趙が、燕に攻め込もうとしていた。蘇代が燕の使者として(趙の)恵王に説いて言うことには、「今回、私がこちらへ参ります途中、易水という川を通りかかりました。ちょうどその時、どぶ貝が殻から出て日光浴をしておりましたところ、鴫(しぎ)がその身をくちばしでつつきました。すると貝は、ぱたりと殻を閉じて鴫のくちばしを挟んでしまいました。(1)鴫が言うには、『今日も明日も雨が降らなければ、干からびて死んだ貝ができるだろう。』と。貝もまた鴫に言い返しました、『今日も明日も(私の殻から)くちばしが出なければ、死んだ鴫ができあがるだろう。』と。両者はお互いに相手を放そうとしませんでした。そこへ漁師がやって来て、(両方とも)たやすく捕らえてしまいました。
(2)さて今、趙は燕に攻め込もうとしておられます。燕と趙が長い間対峙し、互いの民衆を疲れさせるならば、私は強大な秦が漁夫の利を得ることになるのを心配しております。ですから、王がこの件をよくお考えになることを願っております。」と。恵王は「わかった。」と言って、(燕を攻めるのを)取りやめた。

【設問】

問1 傍線部(1)の鷸と蚌の会話が示している、両者の関係はどのようなものか。最も適当なものを次から選べ。

  1. 互いに相手の弱点を突き、心理的な揺さぶりをかけている関係。
  2. どちらも相手を放せば自分が不利になるため、意地を張り合っている膠着状態。
  3. 時間が経てば、いずれ自分の方が有利になると、互いに確信している状態。
  4. 上記のすべて。
【解答・解説】

正解:4

鷸は「干上がるぞ」と蚌の弱点を突き、蚌は「餓死するぞ」と鷸の弱点を突いている(1)。両者とも、先に手放した方が負け(鷸は食料を失い、蚌は食われる)という状況のため、互いに譲れない(2)。そして、両者とも、時間が自分の味方だと主張している(3)。これらすべてが、彼らがどうにもならない膠着状態(=不肯相舎)に陥っていることを示している。

問2 この寓話において、「漁者」が何の苦労もなく利益を得られたのはなぜか。最も適当なものを次から選べ。

  1. 当事者である鷸と蚌が、互いの争いに夢中になって、第三者の接近に気づかなかったから。
  2. 当事者である鷸と蚌が、争いによって互いに身動きが取れなくなり、疲弊していたから。
  3. 漁者が、鹬と蚌の習性を熟知しており、両者が争うのを待ってから現れたから。
  4. 漁者が、鷸と蚌のどちらにも味方しない、中立的な立場を保っていたから。
【解答・解説】

正解:2

「漁夫の利」の核心は、当事者同士の争いそのものにある。鷸と蚌は、互いに相手を捕らえているため、身動きが取れない状態にある。この争いが長引けば長引くほど、両者は体力を消耗していく。漁夫は、この「当事者同士の争いによって生じた消耗と膠着状態」という絶好の機会を利用したため、何の苦労もなく両方を捕らえることができたのである。

問3 傍線部(2)で蘇代が説く、趙と燕と秦の関係を、寓話の登場人物に当てはめたものとして、最も正しい組み合わせを次から選べ。

  1. 鷸-秦、蚌-趙、漁者-燕
  2. 鷸-燕、蚌-趙、漁者-秦
  3. 鷸-趙、蚌-燕、漁者-秦
  4. 鷸-趙、蚌-秦、漁者-燕
【解答・解説】

正解:3

この話は、趙が燕を攻めようとしている状況で語られている。「肉を啄まむ」とする攻撃側の「鷸(しぎ)」が「趙」にあたる。それに対して殻を閉じて抵抗する守備側の「蚌(どぶ貝)」が「燕」にあたる。そして、両者が争って疲弊した隙に利益を得ようとしている第三者の「漁者」が、強大国の「秦」にあたる。

【覚えておきたい知識】

重要句法

重要単語

背景知識:漁夫の利(ぎょふのり)

出典は『戦国策』燕策。戦国時代、諸国を渡り歩いて外交政策を説いた説客たちの言説を集めた書物。この話は、二者が争っている間に、関係のない第三者がその利益を横取りしてしまうことのたとえとして、現代でも使われる故事成語「漁夫の利」の元となった。当事者同士が無益な争いをやめ、協力することの重要性や、争いを利用しようとする第三者の存在に注意を促す教訓として引用されることが多い。

レベル:共通テスト基礎~標準|更新:2025-07-26|問題番号:144