135(『荘子』人間世 より 無用の用(支離疏))

本文

(1)支離疏者、頤隠於臍、肩高於頂、後竅指天、五管在上、兩髀為脅。(2)挫鍼治絮、足以餬口。鼓筴播精、足以食十人。(3)上徴武士、則疏掄臂而遊於其間。有大役、則疏以有疾不受功。上与病者粟、則受三鐘而薪十束。
形支離者、猶足以養其身、終其天年。而況徳之支離者乎。

【書き下し文】
(1)支離疏(しりそ)なる者は、頤(おとがひ)は臍(へそ)に隠れ、肩は頂(いただき)より高く、後竅(こうきょう)天を指し、五管(ごかん)上(うへ)に在り、両髀(りょうひ)は脅(わき)と為(な)る。(2)鍼(はり)を挫(と)り絮(わた)を治むれば、以て口を餬(のり)するに足る。筴(さく)を鼓(こ)し精(こめ)を播(ま)けば、以て十人を食(やしな)ふに足る。(3)上(かみ)、武士を徴(め)せば、則ち疏、臂(ひぢ)を掄(ふ)りて其の間に遊ぶ。大役(たいえき)有らば、則ち疏は疾(やまひ)有るを以て功(こう)を受けず。上、病者に粟(ぞく)を与ふれば、則ち三鐘(さんしょう)と薪(たきぎ)十束とを受く。
形の支離なる者、猶(な)ほ以て其の身を養ひ、其の天年を終ふるに足る。而(しか)るを況(いは)んや徳の支離なる者をや。

【現代語訳】
(1)支離疏(体がばらばらな男)という者は、あごはへそに隠れるほどで、肩は頭のてっぺんよりも高く、うなじは天を指し、五臓の管は上を向き、両腿は脇腹のようになっていた。(2)彼は、針仕事や綿の洗濯をすれば、それでなんとか口に糊すること(=生計を立てること)ができた。また、米を選り分けて占いをすれば、十人家族を養うのに十分であった。(3)お上が兵士を徴兵する時には、疏は(自分は対象外なので)腕を振ってその間を悠々と歩き回る。大きな土木工事があれば、疏は身体に障害があるということで、仕事に割り当てられることはない。お上が病人に穀物を与える際には、三鐘もの粟と十束の薪をもらうことができた。
このように、身体の形が(世間の基準から)ばらばらな者でさえ、十分に自分の身を養い、天寿を全うすることができるのだ。ましてや、その徳(=精神)が(世間の基準から)ばらばらな(=とらわれていない)者は、なおさらそうであろう。

【設問】

問1 傍線部(1)の支離疏の容貌の描写は、どのような効果を狙ったものか。最も適当なものを次から選べ。

  1. 読者に、同情と哀れみの感情を抱かせるため。
  2. 彼が、いかに世間の「普通」や「役に立つ」という基準から外れているかを、極端に表現するため。
  3. 彼の特異な身体が、特別な能力の源泉であることを示唆するため。
  4. 彼が、いかに苦難の多い人生を送ってきたかを、読者に想像させるため。
【解答・解説】

正解:2

この異様な容貌の描写は、支離疏が、健康な男性に求められる「兵士になる」「土木工事で働く」といった、国家にとっての「有用性」の基準から、いかにかけ離れた存在であるかを、視覚的に強調するためのものである。彼の身体は、世俗的な価値観では明らかに「無用」であり、その極端な「無用」さこそが、後の話の展開の鍵となる。

問2 傍線部(3)「上徴武士、則疏掄臂而遊於其間」という場面で、支離疏が「臂を掄りて其の間に遊ぶ(腕を振ってその間を悠々と歩き回る)」ことができたのはなぜか。その理由として最も適当なものを次から選べ。

  1. 彼の不思議な力で、徴兵官たちの目から姿を隠すことができたから。
  2. 彼の身体が、兵士として全く役に立たないと見なされ、徴兵の対象から外れていたから。
  3. 彼が、身分の高い貴族であり、徴兵を免除される特権を持っていたから。
  4. 彼が、金品を役人に渡して、徴兵から逃れていたから。
【解答・解説】

正解:2

支離疏は、その特異な身体(支離其形)のために、国家が最も求める「有用性」である兵役や労役から、初めから除外されている。他の若者たちが徴兵されていく中で、彼だけがのんきに腕を振って歩き回れるのは、彼の身体が、国家にとって「無用」であるおかげなのである。

問3 この物語が示す「無用の用」という思想について、支離疏の生き方から読み取れることとして最も適当なものを次から選べ。

  1. 世間の基準で「無用」とされることが、かえって危険な義務から免れさせ、天寿を全うさせるという「大いなる有用性」につながる。
  2. どのような障害を持っていても、自分にできること(針仕事など)を見つけて社会に貢献すれば、十分に生きていくことができる。
  3. 国家や社会に頼らず、自分自身の力だけで生きていくことこそが、真に自由な生き方である。
  4. 世間の基準から外れて生きることは、多くの困難を伴うが、それに見合うだけの精神的な満足を得ることができる。
【解答・解説】

正解:1

この話の核心は、支離疏の身体的な「無用」さが、彼に最大の利益(=生存)をもたらしたという逆説にある。健康で「有用」な若者たちは、徴兵や労役で命を落とす危険にさらされるが、身体が「無用」な彼は、その危険から免れ、国から施しまで受けて、安穏と「天年を終ふる」ことができる。これは、世俗的な「有用性」という価値観を転倒させ、「無用」であることこそが、生き抜くための最高の「有用性」である、という荘子の思想を示している。

【覚えておきたい知識】

重要単語

背景知識:無用の用(むようのよう)と荘子

出典は『荘子』人間世篇。この話は、「役に立たない木の寓話(問題116)」や「大きなひょうたんの寓話(問題126)」と並んで、荘子の「無用の用」という思想を象徴する物語である。荘子は、人為的な価値観や常識(「有用であるべきだ」という考えなど)に縛られることが、人間を不幸にすると考えた。支離疏の物語は、社会が「有用」と見なすもの(健康な身体)が、かえってその持ち主を徴兵や労役といった危険にさらし、逆に社会が「無用」と見なすもの(不具の身体)が、その持ち主を危険から遠ざけ、天寿を全うさせるという逆説を描いている。これにより、常識的な価値観を転倒させ、何にもとらわれない自由な生き方を称揚している。

レベル:共通テスト発展|更新:2025-07-26|問題番号:135