134(『韓非子』五蠹 より 守株の論理)

本文

宋人有耕田者。田中(1)有株。兎走触株、折頸而死。(2)因釈其耒而守株、冀復得兎。兎不可復得、而身為宋国笑。
古者丈夫不耕、草木之実足食也。…(中略)…人民少而財有余、故民不争。…(中略)…
今人民衆而財貨寡、事力労而供養薄。故民争。
(3)今欲以先王之政、治当世之民、皆守株之類也。

【書き下し文】
宋人(そうひと)に田を耕す者有り。田中に(1)株(くいぜ)有り。兎(うさぎ)走りて株に触れ、頸(くび)を折りて死す。(2)因(よ)りて其(そ)の耒(すき)を釈(す)てて株を守(まも)り、復(ま)た兎を得んことを冀(こひねが)ふ。兎、復た得べからずして、身は宋国(そうこく)の笑ひとなる。
古(いにしへ)は丈夫(じょうふ)耕さずとも、草木(そうもく)の実(み)、食らふに足るなり。…(中略)…人民少なくして財(ざい)余り有り、故に民争はず。…(中略)…
今、人民衆(おお)くして財貨(ざいか)寡(すく)なく、力を事とし労して供養(きょうよう)薄し。故に民争ふ。
故に(3)今、先王(せんのう)の政(まつりごと)を以(もっ)て、当世(とうせい)の民を治めんと欲するは、皆(みな)株を守るの類(たぐひ)なり。

【現代語訳】
宋の国に、田を耕している男がいた。田んの中に(1)切り株があった。そこへ兎が走ってきて切り株にぶつかり、首の骨を折って死んでしまった。(2)男はこれを幸運に思い、農具の鋤を捨てて切り株の番をし、また兎が手に入ることを願った。しかし、兎が二度と手に入ることはなく、男自身は宋の国中の笑い者になった。
大昔は、男が耕作しなくても、草や木の実だけで食べるには十分だった。…(中略)…人口は少なくて財産には余裕があった。だから人民は争わなかった。…(中略)…
現代では、人口は多くて物資は少なく、必死に働いても生活は苦しい。だから人民は争うのだ。
だから、(3)現代において、古代の聖王の(徳治)政治をもって、今の世の人民を治めようとするのは、皆この切り株を見張っているのと同じ仲間である。

【設問】

問1 傍線部(2)「因釈其耒而守株」という農夫の行動において、彼が「釈て(捨て)」たものと、「守り(固執し)」始めたものとの対比が象徴していることは何か。最も適当なものを次から選べ。

  1. 未来への投資を捨て、過去の栄光に固執すること。
  2. 地道な努力を捨て、偶然の幸運に固執すること。
  3. 革新的な方法を捨て、伝統的な方法に固執すること。
  4. 共同体での労働を捨て、個人での利益追求に固執すること。
【解答・解説】

正解:2

「耒(すき)」は、田を耕すための道具であり、地道な労働による確実な収穫の象徴である。一方、「株(切り株)」は、一度だけ兎がぶつかってきたという、偶然の幸運の現場である。農夫が「耒を釈てて株を守る」という行動は、確実な「努力」を放棄して、不確実な「偶然」に期待するという、思考の転換を象徴している。

問2 筆者が、この寓話に続けて、わざわざ「古(古代)」と「今(現代)」の社会状況を対比させたのはなぜか。その論証上の目的として最も適当なものを次から選べ。

  1. 現代社会が、古代に比べていかに複雑で困難な時代であるかを強調するため。
  2. 古代の政治が有効だったのは、そのやり方が優れていたからではなく、単に社会状況が単純だったからだと示すため。
  3. 人口増加こそが、社会が乱れる全ての元凶であると主張するため。
  4. 現代の為政者が、古代の聖王たちほど有能ではないことを、間接的に批判するため。
【解答・解説】

正解:2

韓非子は、儒家が理想とする「先王の政(古代の聖王の政治)」を批判したい。そのために、まず「古代」と「現代」では、人口や資源の状況が全く違うという客観的な事実を提示する。これにより、「先王の政がうまくいったのは、その時代背景(人民少なくして財余り有り)のおかげにすぎない」という土台を作り、時代が変わった現代に、その古いやり方を持ち込んでも通用するはずがない、という結論に説得力を持たせているのである。

問3 傍線部(3)の筆者の主張において、「守株」の農夫と「先王の政に固執する者」との共通点は何か。最も適当なものを次から選べ。

  1. 過去の一度の成功体験に固執し、状況の変化を無視している点。
  2. 楽をして利益を得ようとする、怠惰な精神。
  3. 周囲から笑われても、自分の信念を曲げない頑固さ。
  4. 現実離れした理想を追い求め、実現可能な策を考えない点。
【解答・解説】

正解:1

農夫は、「兎が獲れた」という過去の一度の成功体験(=先王の政が成功したこと)に固執している。そして、今はもう兎が走ってこないかもしれないという状況の変化(=社会状況の変化)を無視して、切り株を見張り続けている。筆者は、これと同じように、現代の儒家学者たちが、社会が全く変わってしまったのに、過去に一度成功したというだけの「先王の政」に固執しているのは、全く同じ思考の誤りを犯している、と批判しているのである。

【覚えておきたい知識】

重要句法

重要単語

背景知識:守株(しゅしゅ)・株を守る

出典は『韓非子』五蠹篇。韓非子は、戦国時代の法家の思想家で、君主の権力、法、策略による統治を重視した。儒家の徳治主義を、現実離れしていると厳しく批判した。この話は、古い慣習や過去の成功例に固執し、時代の変化に対応できない愚かさを批判するための寓話である。ここから、古いやり方に固執して進歩がないことのたとえとして「守株」「株を守る」という故事成語が生まれた。韓非子は、儒家が理想とする「先王の政治」も、社会状況が激変した現代においては「守株」と同じくらい愚かなことだと断じている。

レベル:共通テスト標準|更新:2025-07-26|問題番号:134