131(『戦国策』斉策 より 蛇足)

本文

楚有祠者。賜其舎人卮酒。舎人相謂曰、「数人飲之不足、一人飲之有余。(1)請画地為蛇、先成者飲酒。」
一人蛇先成、引酒且飲之。乃左手持卮、右手画蛇曰、「吾能為之足。」未成、一人之蛇成。奪其卮曰、「蛇固無足。子安能為之足。」(2)遂飲其酒。
(3)為蛇足者、終亡其酒。

【書き下し文】
楚(そ)に祠(まつ)る者有り。其(そ)の舎人(しゃじん)に卮酒(ししゅ)を賜(たま)ふ。舎人相(あひ)謂(い)ひて曰く、「数人(すうにん)にて之を飲まば足らず、一人にて之を飲まば余り有り。(1)請(こ)ふ、地を画(ゑが)きて蛇(へび)を為(つく)り、先(ま)づ成る者、酒を飲まん。」と。
一人の蛇、先づ成る。酒を引きて将(まさ)に之を飲まんとす。乃(すなは)ち左手(さて)に卮を持ち、右手(うて)に蛇を画きて曰く、「吾(われ)、能(よ)く之(これ)が足を為る。」と。未(いま)だ成らざるに、一人の蛇成る。其の卮を奪ひて曰く、「蛇は固(もと)より足無し。子(し)、安(いづく)んぞ能く之が足を為るや。」と。(2)遂(つひ)に其の酒を飲む。
(3)蛇の足を為(つく)りし者は、終(つひ)に其の酒を亡(うしな)へり。

【現代語訳】
楚の国に、先祖を祀る儀式を司る人がいた。(儀式の後)その家の家来たちに、褒美として一壺の酒を与えた。家来たちは互いに相談して言った、「数人でこれを飲むには足りないが、一人で飲むには余る。(1)地面に蛇の絵を描く競争をして、一番先に描き上げた者が、この酒を飲むことにしよう。」と。
ある一人の男の蛇が、一番先に完成した。彼は酒を引き寄せて、まさに飲もうとした。その時、左手に酒壺を持ち、右手で(なおも)蛇の絵を描きながら言った、「おれは、こいつに足を描き足すことだってできるぞ。」と。しかし、その足がまだ描き終わらないうちに、別の男の蛇が完成した。その男は、最初の男から酒壺を奪い取って言った、「蛇にはもともと足はない。君は、どうしてそれに足を描くことなどできるのか(いや、できはしない)。」と。(2)そして、とうとうその酒を飲んでしまった。
(3)蛇に足を描き足した男は、結局その酒を飲みそこなってしまった。

【設問】

問1 傍線部(1)で、舎人たちがこのような競争を提案した理由として、最も適当なものを次から選べ。

  1. 全員で仲良く分けるには酒が少なく、一人が独り占めするには多すぎるという、中途半端な状況を解決するため。
  2. 日頃から絵の腕前を競い合っており、その決着をつける良い機会だと考えたため。
  3. 誰が酒を飲むか、運に任せるのではなく、公平な実力勝負で決めようとしたため。
  4. 儀式の後の余興として、皆で楽しめる簡単なゲームをしようと考えたため。
【解答・解説】

正解:1

舎人たちの会話に「数人にて之を飲まば足らず、一人にて之を飲まば余り有り」と明確に述べられている。酒が一壺しかないため、全員では分けられず、かといって一人が飲むには多すぎる。この「配分」の問題を解決するための公平な方法として、競争が提案されたのである。

問2 傍線部(2)「遂飲其酒」とあるが、二人目に完成させた男が、酒を飲む正当な権利を主張できたのはなぜか。最も適当なものを次から選べ。

  1. 最初の男が、完成したにもかかわらず酒を飲むのをためらったため、権利を放棄したと見なされたから。
  2. 最初の男が、競争の課題である「蛇」とは言えない、余計なものを描き加えたため、失格となったから。
  3. 「先に完成した者」というルールには、「最初に酒を飲んだ者」という意味も含まれていたから。
  4. 弱肉強食の論理に従い、単純に力ずくで奪い取ることが許されたから。
【解答・解説】

正解:2

この競争のルールは「蛇を為り、先づ成る者、酒を飲まん(蛇の絵を描き、最初に完成した者が酒を飲む)」であった。二人目の男は、「蛇は固より足無し(蛇にはもともと足はない)」という事実を根拠に、足を描き加えられた絵はもはや「蛇」ではない、と主張した。つまり、最初の男は、余計な行為(蛇足)によって、競争の課題を達成していない(=失格)と見なされたため、二人目の男が正当な勝者となったのである。

問3 傍線部(3)「為蛇足者、終亡其酒」という結末が示す教訓として、最も適当なものを次から選べ。

  1. 勝利に驕り、調子に乗って余計なことをすると、かえって全てを失うことがある。
  2. 物事は、最後まで気を抜かず、迅速に終わらせることが重要である。
  3. ルールを正確に理解していないと、競争に勝つことはできない。
  4. 手に入れたものは、すぐに自分のものにしないと、他人に横取りされることがある。
【解答・解説】

正解:1

最初に蛇を完成させた男は、その時点で勝利が確定していた。しかし、彼は勝利に驕り、「吾能く之が足を為る」と、自分の能力を誇示するために、全く必要のない「足」を描き加えてしまった。この「余計な行為」が、彼の勝利そのものを無効にし、酒を失う結果を招いた。このことから、この話は、やり過ぎや付け足しが、かえって物事を台無しにしてしまうという教訓を示している。

【覚えておきたい知識】

重要単語

背景知識:蛇足(だそく)

出典は『戦国策』斉策。この話は、戦国時代、斉の国の将軍であった昭陽が、楚を攻めて勝利した後、さらに魏を攻めようとした際に、弁士の陳軫が、昭陽の功績がすでに十分であることを説き、これ以上戦を続けて失敗すれば、今までの功績まで失いかねないと諌めるために用いた寓話である。ここから、あっても益がないばかりか、かえって害になる余計なもののたとえとして「蛇足」という言葉が生まれた。「画竜点睛」が、最後の仕上げの重要性を説くのに対し、「蛇足」はやり過ぎの弊害を説く、対照的な教訓と言える。

レベル:共通テスト基礎|更新:2025-07-26|問題番号:131