126(『荘子』外物篇 より 郢書燕説の寓意)
本文
恵子謂荘子曰、「(1)王之所賜吾大瓠、其大五石。以盛水漿、其堅不能自挙也。剖之以為瓢、則瓠落無所容。非不枹然大也、吾為其無所用、而掊之。」
荘子曰、「夫子固拙於用大矣。…(中略)…(2)今子有五石之瓠、何不慮以為大樽、而浮乎江湖。而憂其瓠落無所容。則夫子猶有蓬之心也夫。」
【書き下し文】
恵子(けいし)、荘子(そうし)に謂(い)ひて曰く、「(1)王の我に賜(たま)ひし大瓠(たいこ)、其の大いさ五石(ごせき)。以て水漿(すいしょう)を盛るに、其の堅きこと自ら挙ぐる能(あた)はざるなり。之を剖(さ)きて以て瓢(ひさご)と為(な)すに、則ち瓠落(こらく)として容(い)るる所無し。枹然(ほうぜん)として大ならざるに非(あら)ざるも、吾(われ)、其の用ふべき所無きを以て、之を掊(くだ)く。」と。
荘子曰く、「夫子(ふうし)は固(もと)より大なるを用ふるに拙(せつ)なり。…(中略)…(2)今、子に五石の瓠有り、何ぞ以て大樽(たいそん)と為(な)し、江湖(こうこ)に浮かぶることを慮(おもんぱか)らざるか。而(しか)るに其の瓠落として容るる所無きを憂ふ。則ち夫子は猶(な)ほ蓬(ほう)の心有るかな。」と。
【現代語訳】
荘子は言った、「先生は、もとより大きなものを使うのが下手ですな。…(中略)…(2)今、あなたに五石もの大きさのひょうたんがあるのなら、どうしてそれを(腰に結びつけて)大きな浮き袋として、川や湖に浮かんで遊ぶことを考えないのですか。それなのに、浅くて平たくて何もすくえないことばかりを心配している。それでは先生の心は、まるで(細くからみ合って、自由な発想のできない)ヨモギのようですなあ。」と。
【設問】
問1 傍線部(1)で恵子が「大瓠(大きなひょうたん)」を「無所用(使い道がない)」と結論づけたのはなぜか。最も適当なものを次から選べ。
- ひょうたんの、既存の常識的な使い方しか思いつかなかったから。
- ひょうたんの材質が、もともと脆くて使い物にならなかったから。
- ひょうたんの大きさが、自分の身分や生活には不相応だと感じたから。
- 王からの賜り物を、自分で使うのはおそれ多いと考えたから。
【解答・解説】
正解:1
恵子は、ひょうたんの使い道として「水漿を盛る(液体容器にする)」ことと「剖きて以て瓢と為す(割ってひしゃくにする)」という、二つの常識的な用途しか考えていない。そして、そのどちらにも使えないことから、「無所用」と結論づけている。これは、彼の思考が、既存の用途や常識の枠組みに縛られていることを示している。
問2 傍線部(2)の荘子の提案は、恵子のどのような思考の欠点を指摘しているか。最も適当なものを次から選べ。
- 物事の欠点ばかりに目を向けて、その長所を見ようとしない点。
- 常識や固定観念にとらわれ、物の新しい可能性を考えることができない点。
- 実用的な価値ばかりを追い求め、娯楽や遊びの価値を理解できない点。
- 自分一人の力で解決しようとし、他人の知恵を借りようとしない点。
【解答・解説】
正解:2
荘子は、恵子が「瓠落として容るる所無し(浅すぎて何も入らない)」と嘆くのに対し、「何ぞ以て大樽と為し、江湖に浮かぶることを慮らざるか(どうして大きな浮き袋にして、川や湖に浮かぶことを考えないのか)」と、全く新しい発想を提示している。これは、恵子が「ひょうたん=容器」という固定観念にとらわれているのに対し、荘子は「大きい」という性質そのものを活かす自由な発想をしていることを示している。「拙於用大(大なるを用ふるに拙なり)」という荘子の批判は、まさにこの思考の柔軟性の欠如を指摘したものである。
問3 荘子が、恵子の心を「蓬之心(よもぎの心)」とたとえたのはなぜか。最も適当なものを次から選べ。
- よもぎのように、雑然としていて、物事を筋道立てて考えられないから。
- よもぎのように、視野が狭く、身近なことしか考えられないから。
- よもぎのように、すぐに枯れてしまう、はかない心だから。
- よもぎのように、根が浅く、信念がぐらつきやすいから。
【解答・解説】
正解:1
「蓬」は、よもぎなどの雑草を指し、細かく絡み合って生い茂る性質がある。荘子は、常識や固定観念にがんじがらめになり、自由な発想ができない恵子の心の状態を、この雑然と絡み合った「蓬」にたとえている。すっきりと見通しの良い、自由な精神とは対極にある状態として描いている。
【覚えておきたい知識】
重要単語
- 恵子(けいし):荘子の友人であり、論敵。戦国時代の思想家、恵施(けいし)のこと。論理的な思考を得意とした。
- 大瓠(たいこ):大きなひょうたん。
- 五石(ごせき):古代の容量の単位。非常に大きいことを示す。
- 水漿(すいしょう):水や飲み物。
- 瓢(ひさご):ひょうたんを二つに割って作った、ひしゃく。
- 瓠落(こらく):広くて浅いさま。
- 枹然(ほうぜん):ふくれあがって大きいさま。
- 掊(くだ)く:打ち砕く。
- 拙(せつ):へたである。
- 大樽(たいそん):大きな酒樽。ここでは、腰に結びつける大きな浮き袋のたとえ。
- 江湖(こうこ):長江と洞庭湖。転じて、大きな川や湖。
- 蓬(ほう):よもぎ。雑草が絡み合った心の状態のたとえ。
背景知識:無用の用(むようのよう)と荘子
出典は『荘子』逍遥遊篇。この話は、「無用の用」という荘子の重要な思想を、友人である現実的な論理学者・恵子との対話を通じて示したものである。「無用の用」には、①「役に立たないからこそ、天寿を全うできる」という用法(問題116の神木の話)と、②「常識的な使い方では役に立たなくても(無用)、発想を転換すれば、もっと大きな使い道がある(大用)」という、このひょうたんの話のような用法がある。いずれも、人間社会の狭い常識や固定観念から心を解き放ち、物事を自由な視点で見ることの重要性を説いている。