058(『荀子』勧学 より 学びの重要性)
本文
君子曰、「学不可以已。」
(1)青、取之於藍、而青於藍。氷、水為之、而寒於水。木直中縄、輮使之為輪、其曲中規。雖有槁暴、不復挺者、輮使之然也。故木受縄則直、金就礪則利。君子博学而日参省乎己、則知明而行無過矣。
吾嘗終日而思矣、不如須臾之所学也。吾嘗跂而望矣、不如登高之博見也。登高而招、臂非加長也、而見者遠。順風而呼、声非加疾也、而聞者彰。(2)君子生非異也、善仮於物也。
【書き下し文】
君子(くんし)曰く、「学(がく)は以(もっ)て已(や)む可(べ)からず。」と。
(1)青は、之(これ)を藍(あい)より取りて、藍より青し。氷(こほり)は、水之を為(な)すも、水より寒し。木(き)の直(なお)きこと縄(なわ)に中(あた)るも、輮(たわ)めて之をして輪(わ)と為(な)さば、其の曲がること規(き)に中る。槁暴(かうばく)すること有りと雖(いへど)も、復(ま)た挺(の)びざるは、輮むること之をして然(しか)らしむるなり。故に木は縄を受くれば則(すなは)ち直く、金(かね)は礪(れい)に就(つ)けば則ち利(り)あり。君子、博(ひろ)く学びて日に己(おのれ)を参省(さんせい)すれば、則ち知(ち)明らかに、而(して)行ひに過(あやま)ち無し。
吾(われ)嘗(かつ)て終日(しゅうじつ)思へり、須臾(しゅゆ)の学ぶ所に如(し)かざるなり。吾嘗て跂(つまだ)ちて望めり、高きに登りての博(ひろ)く見ゆるに如かざるなり。高きに登りて招けば、臂(ひぢ)長きを加ふるに非(あら)ざるも、見る者遠し。風に順(したが)ひて呼べば、声、疾(はや)きを加ふるに非ざるも、聞く者彰(あき)らかなり。(2)君子の生(せい)は異(い)なるに非ず、善(よ)く物に仮(か)るなり。
【現代語訳】
私はかつて一日中考え続けたことがあるが、(それは)ほんのわずかな時間学んだことには及ばなかった。私はかつてつま先立ちして遠くを望み見たことがあるが、(それは)高い所に登って広く見渡すことには及ばなかった。高い所に登って手招きをすれば、腕が長くなったわけではないのに、遠くの者からも見える。風下に向かって叫べば、声が速くなったわけではないのに、遠くの者にもはっきりと聞こえる。(2)君子の生まれつきの才能が(凡人と)異なっているわけではない。ただ、学ぶための手段や環境をうまく利用しているだけなのである。
【設問】
問1 傍線部(1)「青、取之於藍、而青於藍。氷、水為之、而寒於水」という二つのたとえが共通して示していることは何か。最も適当なものを次から選べ。
- どんな物事も、その起源をたどれば単純なものに行き着くということ。
- 努力や加工という過程を経ることで、元のものより優れた性質を持つようになるということ。
- 見かけは異なっていても、本質的には同じものであるということ。
- すべての物事は、時と共にその性質を変化させていくものであるということ。
問2 傍線部(2)「君子生非異也、善仮於物也」とあるが、ここでの「物」が指しているものとして最も適当なものを次から選べ。
- 生まれつきの才能や家柄。
- 財産や社会的地位。
- 学問や、先人の知恵、良い環境。
- 友人や、自分を助けてくれる人々。
問3 筆者は「終日而思」と「須臾之所学」を対比することで、何を主張しようとしているのか。最も適当なものを次から選べ。
- 一人で長時間考え込むよりも、わずかな時間でも先人の知恵を学ぶ方がはるかに効果的である。
- 長時間考えるためには、まず短時間の学習で基礎知識を身につける必要がある。
- 思索と学習は車の両輪であり、どちらか一方だけでは不十分である。
- 才能のない者は、長時間考えても意味がなく、ただ学ぶことに専念すべきである。
問4 この文章全体における筆者の主張として、最も適当なものを次から選べ。
- 人間は生まれつきの才能が最も重要であり、後天的な努力には限界がある。
- 学問とは、絶え間ない努力と、適切な手段や環境の利用によって、人を大きく成長させるものである。
- 多くの知識を身につけることよりも、日々自らを省みることの方が知恵を明らかにする上では重要である。
- 君子となるためには、まず生活の道具を整え、便利なものを活用することから始めるべきである。
【解答・解説】
問1:正解 2
- 「青は藍より出でて藍より青し」も「氷は水より出でて水より寒し」も、元の素材(藍、水)に何らかの作用(搾る、冷やす)が加わることで、元の素材を超える優れた性質(より青い、より冷たい)を持つようになった例である。これは、人間も「学ぶ」という後天的な努力によって、生まれ持った性質をより優れたものへと高められる、という主張の比喩となっている。
問2:正解 3
- 「物に仮る」とは「物を利用する」という意味。直前の「高きに登る」「風に順ふ」といった例は、より良い結果を得るための手段や環境の利用を指している。これを学問の話に置き換えると、君子が利用する「物」とは、学問そのものや書物、師の教え、良い学習環境などを指す。生まれつきの才能(生)が同じでも、これらをうまく利用することで優れた人物になれる、と筆者は主張している。
問3:正解 1
- 「嘗て終日思へり、須臾の学ぶ所に如かざるなり」は、「一日中考えたことは、ほんの少しの時間学んだことには及ばない」と訳せる。これは、自分一人の頭で考え続けること(思)の限界と、体系化された先人の知恵(学)に触れることの効率性・重要性を対比的に示している。
問4:正解 2
- この文章は「学は以て已む可からず」という言葉で始まり、一貫して学び続けることの重要性を説いている。前半では「青は藍より〜」の比喩で努力による成長の可能性を示し、後半では「物に仮る」ことで凡人でも君子になれると述べ、学問の有効性を主張している。これらを総合すると、絶え間ない学習とそのための環境・手段の活用こそが、人を成長させるのだという選択肢2が全体の主張として最もふさわしい。
【覚えておきたい知識】
重要句法
- 不可以~ (もって~べからず):「~してはならない」「~することはできない」。禁止・不可能。
- A於B (AはBより):「AはBよりも」。比較形。「青於藍」など。
- 不如A (Aにしかず):「Aには及ばない」「Aの方が良い」。比較形。
- 非A也、B也 (Aに非ざるなり、Bなるなり):「Aだからではない、Bだからだ」。限定・強調。
重要単語
- 已(や)む:やめる。終わる。
- 藍(あい):タデ科の植物。青色の染料の原料。
- 輮(たわ)む:熱などを加えて曲げる。
- 規(き):コンパス。円を描く道具。
- 参省(さんせい):何度もよく考えて反省すること。
- 須臾(しゅゆ):ほんのわずかな時間。
- 生(せい):生まれつきの性質、天性。
- 仮(か)る:借りる。利用する。
背景知識:出藍の誉れ(しゅつらんのほまれ)
出典は『荀子』勧学篇。荀子は戦国時代の儒学者で、孔子・孟子と思想を継承しつつも、「性悪説」を唱えたことで知られる。性悪説とは、人間の本性は悪(欲望に流されやすい)であるが、後天的な「学問」によって矯正し、善なる存在になることができる、という考え方である。そのため、荀子は誰よりも「学ぶこと」の重要性を強調した。本文冒頭の「青は藍より出でて藍より青し」は、弟子が師匠を超えることのたとえ「出藍の誉れ」の語源となり、教育の可能性を示す言葉として有名である。