066(『論語』より 仁者の姿)
本文
子曰、「(1)巧言令色、鮮矣仁。」
有子曰、「其為人也孝弟、而好犯上者、鮮矣。不好犯上、而好作乱者、未之有也。君子務本、本立而道生。孝弟也者、其為仁之本与。」
子曰、「(2)剛毅木訥、近仁。」
子曰、「弟子入則孝、出則弟、謹而信、汎愛衆而親仁。行有余力、則以学文。」
(3)子曰、「君子不重則不威。学則不固。主忠信。無友不如己者。過則勿憚改。」
【書き下し文】
子(し)曰(のたま)はく、「(1)巧言令色(こうげんれいしょく)、鮮(すく)なし仁(じん)。」と。
有子(ゆうし)曰く、「其(そ)の人と為(な)りや孝弟(こうてい)にして、上(かみ)を犯すを好む者は、鮮なし。上を犯すを好まずして、乱を作(な)すを好む者は、未(いま)だ之(こ)れ有らざるなり。君子は本(もと)を務(つと)む。本立ちて道生(みちしゃう)ず。孝弟なる者は、其れ仁の本たるか。」と。
子曰はく、「(2)剛毅木訥(ごうきぼくとつ)、仁に近し。」と。
子曰はく、「弟子(ていし)、入りては則(すなは)ち孝、出でては則ち弟、謹(つつし)みて信あり、汎(ひろ)く衆を愛して仁に親(した)しむ。行ひて余力(よりょく)有らば、則ち以(もっ)て文を学ぶ。」と。
(3)子曰はく、「君子、重(おも)からざれば則ち威(い)あらず。学べば則ち固(こ)ならず。忠信(ちゅうしん)を主(しゅ)とす。己(おのれ)に如(し)かざる者を友とすること無(な)かれ。過(あやま)ちては則ち改むるに憚(はばか)ること勿(な)かれ。」と。
【現代語訳】
(弟子の)有先生が言われた、「その人柄が、親に孝行で目上の人によく仕えるという者で、目上の人に逆らうのを好む者は、まずいない。目上の人に逆らうことを好まない者で、社会の秩序を乱すことを好む者は、いまだかつて存在したことがない。君子というものは、根本的な徳目を修めることに努める。根本がしっかりと確立してこそ、人として進むべき道も自然と開けてくる。親への孝、年長者への悌という徳こそ、仁の根本と言えるだろうか。」と。
先生が言われた、「(2)意志が強くしっかりしていて、飾り気が無く口数が少ないこと、これが仁に近い徳である。」と。
先生が言われた、「若者たちは、家にいては親に孝行を尽くし、外に出ては年長者によく仕え、言動を慎んで誠実であり、広く人々を愛して、仁徳のある人に親しみ近づきなさい。これらの実践を行って、まだ余力があるならば、その時は学問(書物の勉強)をしなさい。」と。
(3)先生が言われた、「君子は、どっしりと重々しくなければ威厳がない。学問をすれば、頑固で視野が狭くなることはない。真心と誠実さを第一としなさい。自分より劣る者を友人としてはいけない。過ちを犯したと気づいたならば、ためらうことなく改めなさい。」と。
【設問】
問1 傍線部(1)「巧言令色、鮮矣仁」と傍線部(2)「剛毅木訥、近仁」を対比した時、孔子が「仁」に遠いと考える人物像と、近いと考える人物像の組み合わせとして、最も適当なものを次から選べ。
- 【遠い】口先がうまく愛想が良い人物 - 【近い】意志が強く無口な人物
- 【遠い】無口で不愛想な人物 - 【近い】弁が立ち行動力のある人物
- 【遠い】議論好きで理屈っぽい人物 - 【近い】聞き上手で謙虚な人物
- 【遠い】自分の意見を強く主張する人物 - 【近い】周りの意見に合わせる人物
問2 孔子が「行有余力、則以学文(行ひて余力有らば、則ち以て文を学ぶ)」と述べたのはなぜか。その考え方として最も適当なものを次から選べ。
- 学問は、孝悌などの徳を実践する能力のない者には意味がないから。
- 孝悌などの徳の実践よりも、書物から学ぶ知識の方が重要度が低いから。
- まず孝悌などの徳を実践することで、初めて学問の内容を深く理解できるようになるから。
- 孝悌などの徳の実践が、学問を修めるための準備運動になるから。
問3 傍線部(3)「君子不重則不威。学則不固。主忠信。無友不如己者。過則勿憚改」で述べられている「君子」のあり方として、本文に合致しないものを一つ選べ。
- どっしりとした威厳を保つこと。
- 真心と誠実さを最も大切にすること。
- 自分より優れた人物とだけ友人になること。
- 過ちを犯したら、すぐに改めること。
問4 これらの章句全体からうかがえる、孔子が考える「仁」の本質とは何か。最も適当なものを次から選べ。
- 豊富な知識を持ち、弁舌さわやかに人々を導く知的なリーダーシップ。
- 表面的な言動や表情ではなく、内面の誠実さや他者への深い愛情に基づく、実践的な徳。
- 社会のルールを厳格に守り、決して目上の者に逆らわない従順な態度。
- 自分より劣る者とは付き合わないという、厳しい自己研鑽の精神。
【解答・解説】
問1:正解 1
- 「巧言」は口先がうまいこと、「令色」は顔色をとりつくろって人にこびること。孔子はこれを仁から遠いとした。一方、「剛毅」は意志が強いこと、「木訥」は飾り気がなく無口なことで、これを仁に近いとした。この二つは、外見の良さや口先のうまさといった表面的なものと、内面の強さや素朴さという本質的なものとの対比である。
問2:正解 3
- 孔子の思想では、「仁」の根本は「孝悌」などの具体的な人間関係における実践にある(有子の言)。まず親や年長者を大切にするという徳の実践があってこそ、書物から学ぶ「文」が真に生きてくる、と考える。実践なき知識は空虚であり、実践を通じて初めて知識の本当の意味が理解できる。したがって、徳の実践が学問の土台となる、という解釈が最も適切である。
問3:正解 3
- 「己に如かざる者を友とすること無かれ」は「自分より(徳の面で)劣っている者と友人になるな」という意味。これは裏返せば、「自分より優れた人物を友として学びなさい」ということになる。したがって、選択肢3「自分より優れた人物とだけ友人になること」は、本文の趣旨と異なる。この句は解釈が分かれるが、一般的には「自分より徳の低い者と付き合って悪影響を受けるな」という戒め、あるいは「どんな人にも自分より優れた点はあるのだから、そういう友人を作るな(=誰とでも謙虚に付き合え)」という逆説的な解釈もあるが、高校漢文では前者の「自分を高めるために、良い友人を選べ」という趣旨で解釈されることが多い。ここでは、選択肢の中で最も字義から離れているものを選ぶ。設問の趣旨としては「自分より徳の低い者と交際するな」という意味なので、選択肢3は意訳しすぎている。しかし他の選択肢は明確に本文と合致するため、消去法で3が最も不適切となる。より厳密には、「自分より劣る者を友とするな」は「優れた者を友とせよ」と同義ではないが、文脈上、徳を高めるための交友を説いている。
問4:正解 2
- 孔子は「巧言令色」を否定し、「剛毅木訥」を評価する。また、学問(文)よりもまず孝悌(実践)を重視する。これらのことから、孔子が求める「仁」とは、外面的な器用さや知識の量ではなく、家族や身近な人への愛情(孝悌)を基盤とした、内面の誠実さ(忠信)に裏打ちされた実践的な徳であることがわかる。選択肢2がこの本質を最もよく捉えている。
【覚えておきたい知識】
重要単語
- 巧言令色(こうげんれいしょく):言葉を飾り、顔つきをとりつくろって人にこびへつらうこと。
- 鮮(すく)なし:少ない。めったにない。
- 仁(じん):儒教における最高の徳。他者への深い愛情や思いやり。
- 孝弟(こうてい):「孝」は親に尽くすこと。「弟(悌)」は年長者によく仕えること。
- 本(もと):根本。物事の土台。
- 剛毅木訥(ごうきぼくとつ):「剛毅」は意志が強く屈しないこと。「木訥」は飾り気がなく口数が少ないこと。誠実な人柄の形容。
- 重(おも)し:重々しい、どっしりとしている。軽々しくない。
- 固(こ):頑固である、視野が狭い。
- 憚(はばか)る:ためらう、気兼ねする。
背景知識:論語(ろんご)と仁
『論語』は、孔子とその弟子たちの言行をまとめた書物。その中心思想は「仁」である。孔子にとって、「仁」とは単なる優しさではなく、まず最も身近な存在である親への「孝」から始まり、兄弟、年長者への「弟(悌)」へと広がり、最終的にはすべての人々を愛することにつながる、人間関係の実践の中に存在する徳であった。そのため、口先だけでうまいことを言ったり、外面を取り繕ったりする「巧言令色」を、内実の伴わないものとして最も嫌った。逆に、無骨でも誠実な「剛毅木訥」な人柄を、「仁」に近いものとして評価したのである。