061(『歴代名画記』より 画竜点睛)
本文
張僧繇、於金陵安楽寺、画四竜於壁。不点睛。毎曰、「(1)点之則飛去。」人皆以為誕妄、固請点之。僧繇乃点其一竜。(2)須臾、雷電破壁、竜乗雲上天。不点睛者皆在。
【書き下し文】
張僧繇(ちょうそうよう)、金陵(きんりょう)の安楽寺(あんらくじ)に於(お)いて、四竜(しりゅう)を壁に画(ゑが)く。睛(ひとみ)を点(てん)ぜず。毎(つね)に曰く、「(1)之(これ)を点ぜば則(すなは)ち飛び去らん。」と。人皆以(もっ)て誕妄(たんもう)と為(な)し、固(かた)く之に点ぜんことを請(こ)ふ。僧繇、乃(すなは)ち其の一竜に点ず。(2)須臾(しゅゆ)にして、雷電(らいでん)壁を破り、竜、雲に乗りて天に上(のぼ)る。睛を点ぜざる者は皆在(あ)り。
【現代語訳】
【設問】
問1 傍線部(1)「点之則飛去」という張僧繇の言葉からうかがえる、彼自身の自己評価として最も適当なものを次から選べ。
- 自分の絵は、本物と見分けがつかないほど写実的であるという評価。
- 自分の絵には、描いたものに生命を吹き込むほどの力があるという評価。
- 自分の絵は、人々の心を動かし、感動させる力があるという評価。
- 自分の絵は、完成させるとすぐに盗まれてしまうほど価値があるという評価。
問2 人々が「固く之に点ぜんことを請ふ」と頼んだのはなぜか。その心情として最も適当なものを次から選べ。
- 張僧繇の言葉を嘘だと考え、本当に竜が飛び立つはずがないと高をくくっていたから。
- もし本当に竜が飛び立つなら、その奇跡的な瞬間をぜひ見てみたいと思ったから。
- 瞳のない竜の絵は不気味であり、早く完成させてほしいと願ったから。
- 張僧繇が、絵を完成させるのが面倒で言い訳をしているだけだと思ったから。
問3 傍線部(2)「須臾、雷電破壁、竜乗雲上天」という結末は、この話においてどのような役割を果たしているか。最も適当なものを次から選べ。
- 人々の願いが天に通じ、奇跡が起きたことを示している。
- 張僧繇の言葉が真実であったことを証明し、彼の画の力が神業の域にあったことを示している。
- 竜を天に返すという、寺院の建立儀式が無事に完了したことを示している。
- 優れた芸術作品は、人々の手元にとどめておくことができない運命にあることを示している。
問4 この故事から生まれた「画竜点睛」という言葉は、現代でどのような意味で使われるか。最も適当なものを次から選べ。
- 物事の最も重要な部分。また、それを最後に加えることで全体が完成すること。
- ほとんど完成しているのに、最後の詰めが甘いために失敗すること。
- 本物そっくりに描かれた、非常に写実的な絵画のこと。
- ありえないような大げさな話、またはそれを信じてしまう人のこと。
【解答・解説】
問1:正解 2
- 「瞳を描けば飛び去ってしまう」という言葉は、単に絵がうまいというレベルを超え、自分の筆には描いた対象に命を宿らせるほどの力がある、という絶対的な自負の表れである。
問2:正解 1
- 人々は張僧繇の言葉を「誕妄(でたらめ、おおげさ)」だと思った、と本文に明記されている。絵に描いた竜が飛び立つなど常識ではありえないと考え、彼の言葉を信じずに、からかい半分あるいは不信感から「それならぜひ描いてみろ」と迫ったものと考えられる。
問3:正解 2
- 人々に「誕妄」と疑われた張僧繇の言葉が、この劇的な結末によって真実であったと証明される。これにより、彼の芸術が単なる技術ではなく、超自然的な力を持つ「神業」であったことが読者に示される。物語のクライマックスであり、主題を決定づける重要な部分である。
問4:正解 1
- この故事では、竜の絵というほぼ完成された作品に、最後の「睛(ひとみ)」を「点(描き入れる)」ことで、命が吹き込まれ、全体が真に完成した。このことから、物事を完成させるための最後の、そして最も重要な仕上げのことを「画竜点睛」と言うようになった。「画竜点睛を欠く」という言い方は、「最後の重要な部分が抜けていて、全体が台無しになっている」という意味で使われる。
【覚えておきたい知識】
重要単語
- 張僧繇(ちょうそうよう):南北朝時代、梁の画家。
- 金陵(きんりょう):現在の南京。梁の都。
- 点(てん)ず:点を打つ、描き入れる。
- 睛(ひとみ):目の中心、瞳。
- 誕妄(たんもう):でたらめ、偽り、おおげさなこと。
- 固(かた)く:しきりに、強く。
- 須臾(しゅゆ):ほんのわずかな時間、たちまち。
背景知識:画竜点睛(がりょうてんせい)
出典は唐代の美術史書『歴代名画記』。この故事は、物事の最も肝心な部分、また、最後に手を加えて全体を完成させることのたとえとして、「画竜点睛」という言葉を生んだ。全体が立派にできていても、この「点睛」の一筆がなければ真の価値は生まれないという、最後の仕上げの重要性を示唆する。逆に、この肝心な部分が欠けていることを「画竜点睛を欠く」と表現する。