1.3.5.1 静止摩擦力 (Static frictional force) ~滑り出すのを防ぐ頑張り屋~
静止摩擦力って、どんな力?
前のページで、摩擦力には「静止摩擦力」と「動摩擦力」の2種類があることを紹介したね。 今回は、そのうちの静止摩擦力 (Static frictional force) について詳しく見ていこう!
想像してみて。床に置かれた重いタンスを押そうとしても、最初はびくともしないよね? 坂道に車を停めても、すぐに滑り落ちたりはしない(急な坂道は別だけど!)。 このように、物体が他の面と接触していて、外から力を受けて動き出そうとしているんだけど、まだ静止しているときに働く摩擦力のことを「静止摩擦力」と呼ぶんだ。
図1:冷蔵庫を押しても動かないのは、静止摩擦力が押す力とつり合っているから。
静止摩擦力は、物体が滑り出すのを「防ぐ」ために、まるで健気に踏ん張っているような力なんだ。物体を静止させ続けようとする (To remain at rest) 働きがあるよ。
静止摩擦力の3要素:どこに、どっちへ、どれくらい?
静止摩擦力の「作用点」「向き」「大きさ」はどうなるのかな? 特に「大きさ」がポイントだよ!
1. 静止摩擦力の作用点:どこに働く?
静止摩擦力の作用点は、他の摩擦力と同じように、物体と面が接触している面 (Contact surface) だよ。 力の図示をするときは、接触面全体に働いていると考え、代表して接触面の中央あたりに作用点があるとして描くことが多いんだ。
2. 静止摩擦力の向き:どっちの方向? 滑り出そうとする向きと反対!
静止摩擦力の向きは、物体が滑り出そうとする向きとは反対向きに働くんだ。 言い換えると、物体に加えられた外力 (Applied force) のうち、面に平行な成分と反対向きで、動き出すのを妨げる向き、とも言えるね。
図2:静止摩擦力の向きの例 (赤い矢印 $f_s$)
- 水平な床の上で物体を右向きに押そうとするとき、静止摩擦力は左向きに働く。
- 斜面の上で物体が下に滑り落ちようとするとき、静止摩擦力は斜面に沿って上向きに働く。
3. 静止摩擦力の大きさ:加えた力に応じて変化する! $0 \le f_s \le \mu_s N$
ここが静止摩擦力の最も面白くて重要なポイントだよ! 静止摩擦力の大きさは、一定じゃないんだ。 物体が静止し続けている限り、静止摩擦力の大きさは、物体を動かそうとする力(面に平行な成分)とちょうど同じ大きさになる。つまり、あなたが弱く押せば静止摩擦力も弱く、強く押せば静止摩擦力も強くなるんだ(ただし限界があるよ!)。
でも、静止摩擦力も無限に大きくなれるわけじゃない。ある限界を超えると、物体はついに滑り出してしまう。この、静止摩擦力が出せるギリギリ最大の力のことを最大摩擦力 (Maximum static frictional force) と言うんだ。
最大摩擦力の大きさ $f_{s,max}$ [N] = 静止摩擦係数 $\mu_s$ $\times$ 垂直抗力の大きさ $N$ [N]
$$ f_{s,max} = \mu_s N $$
それぞれの文字の意味はこうだよ。
- $f_{s,max}$:最大摩擦力の大きさ(単位はニュートン N)
- $\mu_s$ (ミューエス):静止摩擦係数 (Coefficient of static friction)
- これは、接触している2つの面の材質(木と紙、ゴムとアスファルトなど)や、表面の状態(乾いているか濡れているかなど)によって決まる値で、単位はないよ。
- $\mu_s$ が大きいほど、滑りにくい(最大摩擦力が大きい)ということになる。
- $N$:物体にはたらく垂直抗力 (Normal force) の大きさ(単位はニュートン N)
- 覚えているかな?垂直抗力は面が物体を垂直に押し返す力のことだね。これが大きいほど、面同士が強く押し付け合っていることになるから、最大摩擦力も大きくなるんだ。
以上のことから、静止摩擦力 $f_s$ の大きさは、物体を動かそうとする力が加わっていても、その力が最大摩擦力を超えない限り、その加えた力と同じ大きさになる。そして、その範囲は次のようになるんだ。
$0 \le f_s \le f_{s,max} \quad (つまり \quad 0 \le f_s \le \mu_s N)$
下のグラフは、物体に加える力(横軸)と、実際に働く静止摩擦力(縦軸)の関係を表しているよ。加える力が小さい間は静止摩擦力も同じように大きくなるけど、$f_{s,max}$ を超えようとすると、物体は滑り出しちゃうんだ(滑り出した後は動摩擦力になるよ)。
図3:加える力と静止摩擦力の関係
【例題】水平な床の上に質量 5kg の物体が置かれている。物体と床の間の静止摩擦係数を $\mu_s = 0.5$、動摩擦係数を $\mu_k = 0.3$ とし、重力加速度の大きさを $g = 9.8 \text{ m/s}^2$ とする。
(a) この物体に働くことができる最大摩擦力 $f_{s,max}$ は何Nか?
(b) この物体を水平方向に 10N の力で押した。このとき、物体に働く静止摩擦力 $f_s$ は何Nか? また、物体は動き出すか?
(c) この物体を水平方向に 30N の力で押した。物体は動き出すか? (動き出した後のことは次の動摩擦力で詳しく!)
【考え方】
まず、物体に働く垂直抗力 $N$ を求めよう。水平な床の上で、上下方向には動いていないから、垂直抗力 $N$ と重力 $W=mg$ がつり合っているね。
$N = mg = 5 \text{ kg} \times 9.8 \text{ m/s}^2 = 49 \text{ N}$。
(a) 最大摩擦力は $f_{s,max} = \mu_s N$ で計算できる。
$f_{s,max} = 0.5 \times 49 \text{ N} = 24.5 \text{ N}$。
(b) 水平方向に 10N の力で押した。この力 (10N) は、(a)で求めた最大摩擦力 (24.5N) より小さいね。
だから、物体はまだ動き出さない。このとき働く静止摩擦力 $f_s$ は、押す力と同じ大きさになるから、$f_s = 10 \text{ N}$。
【答え】静止摩擦力は 10N。物体は動き出さない。
(c) 水平方向に 30N の力で押した。この力 (30N) は、(a)で求めた最大摩擦力 (24.5N) より大きい!
だから、物体は滑り出す。滑り出したら、働く摩擦力は静止摩擦力ではなく、動摩擦力に変わるんだ。(この問題では、静止摩擦力は最大値の24.5Nまでしか出せない、ということになるね)
【答え】物体は動き出す。(この瞬間の摩擦力は最大摩擦力 24.5N になっているが、動き始めたら動摩擦力に変わる。)
静止摩擦力の図示に挑戦!
静止摩擦力の「向き」と「大きさが変化する」という特徴を意識して、図示する練習をしてみよう! 下のアプリでは、箱を右に引っぱる力をスライダーで変えることができるよ。静止摩擦力がどう変化するか、そしていつ滑り出すかに注目しよう! (最大摩擦力は $\mu_s N$ で計算されるよ。$\mu_s=0.6$, $N=50\text{N}$ と仮定してアプリは動いているよ。だから $f_{s,max}=30\text{N}$ だね。)
静止摩擦係数 $\mu_s$ って?
静止摩擦係数 $\mu_s$ は、2つの物体がどれだけ滑りにくいかを表す「相性」のようなものだね。 例えば、木の床の上の木の箱よりも、ゴムの靴底とアスファルトの組み合わせの方が、静止摩擦係数は大きくなる(滑りにくくなる)のが一般的だよ。
一つ豆知識として、一般的に、同じ材質同士でも、静止摩擦係数 $\mu_s$ は、次に学ぶ動摩擦係数 $\mu_k$ よりも大きいか、同じくらい ($\mu_s \ge \mu_k$) になることが多いんだ。「動き出す瞬間がいちばん力が必要」ってイメージを持つといいかもしれないね。