現代文対策問題 59

本文

私たちは、ともすると「沈黙」を、コミュニケーションの失敗や、気まずい空白の時間として、ネガティブに捉えがちである。会話が途切れた瞬間、私たちは、何か言葉を探さなければならないという、焦燥感に駆られる。しかし、本当に「沈黙」は、ただの空虚な時間なのだろうか。

私は、むしろ、豊かなコミュニケーションは、豊かな「沈黙」を内包しているものだと考える。例えば、深い信頼関係で結ばれた友人同士や、長年連れ添った夫婦の間には、言葉を交わさずとも、互いの気持ちが通じ合う、心地よい沈黙が存在する。それは、言葉が途切れた「失敗」の時間ではなく、言葉にする必要さえないほどの、深い理解と共感に満たされた「充実」の時間である。

また、真剣な議論において、相手の言葉を受けて、即座に反論するのではなく、一度、沈黙のうちに、その言葉の意味を深く反芻することも、極めて重要だ。その沈黙は、相手への敬意の表れであり、より深い思考へと至るための、創造的な「間」として機能する。言葉と言葉の間に、こうした豊かな沈黙を挟むことで、対話は、単なる言葉の応酬を超えて、互いの思索を深め合う、共同作業へと昇華されるのだ。

言葉で空間を埋め尽くすことだけが、コミュニケーションではない。むしろ、沈黙の価値を再発見し、それを恐れるのではなく、味わい、活かすこと。それこそが、私たちのコミュニケーションを、より成熟した、奥行きのあるものにするための、鍵となるのではないだろうか。


【設問1】傍線部①「豊かなコミュニケーションは、豊かな「沈黙」を内包している」とあるが、ここで筆者が言う「豊かな沈黙」とはどのようなものか。最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 相手に対する無関心や、拒絶の意思表示として、意図的に作り出される、戦略的な沈黙。
  2. 言葉にするまでもないほどの、深い相互理解や、共感によって満たされた、心地よい沈黙。
  3. 次に何を話すべきか分からず、互いに気まずい思いを共有している、緊張した沈黙。
  4. 相手の意見に、心の中では同意できず、反論の言葉を探している、対立的な沈黙。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「無関心」や「拒絶」は、豊かなコミュニケーションとは正反対の状態です。
  • 2. 筆者は、「豊かな沈黙」の例として、「深い信頼関係で結ばれた」人々の間の、「言葉を交わさずとも、互いの気持ちが通じ合う、心地よい沈黙」を挙げています。これは、「深い理解と共感に満たされた」状態であり、この選択肢が筆者の言う「豊かな沈黙」を的確に説明しています。
  • 3. 「気まずい思い」を共有する沈黙は、筆者が冒頭で述べた、一般的にネガティブに捉えられている「空白の時間」であり、「豊かな沈黙」とは異なります。
  • 4. 「対立的な沈黙」ではなく、むしろ、共感や敬意に基づいた、肯定的な沈黙について論じています。

【設問2】傍線部②「言葉で空間を埋め尽くすことだけが、コミュニケーションではない」とあるが、筆者がこのように主張する背景にある考え方として、最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 言葉は、しばしば、誤解や対立を生む原因となるため、できるだけ、言葉以外の手段で、意思疎通を図るべきだ。
  2. コミュニケーションの本質は、情報の伝達量ではなく、相手の言葉を深く受け止め、共に思索する、質の高い関係性にある。
  3. 現代社会では、人々がおしゃべりになりすぎた結果、一つ一つの言葉の価値が、著しく低下してしまっている。
  4. 沈黙は、会話における主導権を握るための、有効な駆け引きの手段であり、戦略的に活用すべきである。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 筆者は、言葉を否定しているわけではありません。言葉と沈黙の関係性について論じています。
  • 2. 筆者は、言葉を絶え間なく発し続けること(空間を埋め尽くすこと)よりも、相手の言葉を受け止めて深く考えるための「沈黙」(間)や、言葉にしなくても通じ合える「沈黙」(共感)の価値を説いています。これは、コミュニケーションを、情報の量ではなく、相手との関係性の「質」で捉えていることを示しています。
  • 3. 「言葉の価値が低下している」という社会時評的な観点ではなく、もっと普遍的な、コミュニケーションの本質について論じています。
  • 4. 「駆け引きの手段」としてではなく、より深い理解や共感に至るための、誠実な行為として、沈黙を捉えています。

【設問3】筆者が、真剣な議論において「沈黙」が重要だと考える理由として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 相手の意見の弱点を、冷静に見つけ出し、効果的な反論を組み立てるための、思考時間として必要だから。
  2. あえて沈黙することで、相手を不安にさせ、議論を、自分にとって有利な方向へと、導くことができるから。
  3. 一度、会話の流れを断ち切ることで、議論の熱を冷まし、感情的な対立を、避けることができるから。
  4. 相手の言葉を、その場で深く味わい、考察することで、対話を、より創造的で、深いレベルへと高めることができるから。
【正解と解説】

正解 → 4

  • 1. 「効果的な反論」を組み立てるという、対立的な目的ではなく、もっと協調的な目的が述べられています。
  • 2. 相手を「不安にさせ」「有利に導く」といった、駆け引きの話はしていません。
  • 3. 「感情的な対立を避ける」という消極的な目的というよりは、もっと積極的で、創造的な目的のために、沈黙を活かそうとしています。
  • 4. 筆者は、議論における沈黙を、「その言葉の意味を深く反芻する」「より深い思考へと至るための、創造的な『間』」であり、それによって「対話は…共同作業へと昇華される」と述べています。これは、沈黙が、対話をより深く、創造的なものにするために、不可欠な要素であるという考えを示しています。

【設問4】本文全体の論旨として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 私たちは、コミュニケーションにおける沈黙を、単なる空白ではなく、豊かな意味を持つ、積極的な要素として、捉え直すべきである。
  2. 効果的なコミュニケーションのためには、論理的な話術だけでなく、相手の心理を巧みに読む、高度な駆け引きの技術が、必要である。
  3. 現代のコミュニケーションの最大の問題は、言葉が多すぎることにあるため、私たちは、もっと寡黙になることを、目指すべきである。
  4. 真の信頼関係とは、言葉を交わさなくても、互いの心が通じ合う、以心伝心の関係のことを指す。
【正解と解説】

正解 → 1

  • 1. 筆者は、一般的にネガティブに捉えられがちな「沈黙」に対し、共感や思索といった、豊かな意味があることを、様々な角度から論じています。そして、その価値を「再発見し」「活かす」ことの重要性を説いています。この選択肢は、本文全体の主張(沈黙の価値の再評価)を、最も的確に要約しています。
  • 2. 「駆け引きの技術」を推奨しているわけではありません。
  • 3. 「もっと寡黙になるべき」という、極端な主張はしていません。言葉と沈黙の、バランスの取れた関係を論じています。
  • 4. 「以心伝心の関係」は、豊かな沈黙の一例として挙げられていますが、それが本文全体のテーマというわけではありません。

語句説明:
焦燥感(しょうそうかん):いらいらと、焦る気持ち。
内包(ないほう):内部に、要素や性質として、含み持っていること。
反芻(はんすう):一度飲み込んだ食べ物を、再び口の中に戻し、よく噛んでから、また飲み込むこと。ここでは、言葉や物事を、繰り返し、よく味わい、考えることのたとえ。
昇華(しょうか):物事が、より次元の高い、優れた状態へと、高められること。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:59