現代文対策問題 58
本文
私たちは、一般的に、「個性」というものを、他者との「違い」のうちに、見出そうとする傾向がある。人とは違う、奇抜な服装をしたり、ユニークな意見を述べたりすること。それが、「個性的」であることの証だと、考えられている。しかし、私は、そのような「違い」の強調は、真の「個性」とは、似て非なるものではないかと、考えている。
他者との比較の上に成り立つ「個性」は、常に、他者の存在を前提とする、相対的なものでしかない。それは、いわば、他者という鏡に映った、自分自身の姿である。他者がいなければ、その「違い」すら、認識することはできない。このような個性は、他者の評価や、流行の変化によって、容易に揺らいでしまう、脆い土台の上に立っている。
では、真の「個性」とは、どこにあるのか。私は、それは、他者との比較ではなく、自分自身の内側にある、絶対的な基準との、対話のうちにこそ、見出されるものだと考える。自分が、何を美しいと感じ、何を正しいと信じるのか。誰に認められなくても、これだけは譲れないという、自分だけの価値観。それを、深く、静かに、掘り下げていく作業。その、孤独な営みの果てに、初めて、誰にも真似のできない、その人だけの「個性」が、香り立つように、滲み出てくるのではないか。
違いをことさらに主張する個性は、しばしば、騒々しい。しかし、真に個性的な人間は、むしろ、物静かである。なぜなら、彼らは、他者からの承認を、もはや、必要としていないからだ。自分自身の内なる声に、ただ、誠実に耳を傾けているのである。
【設問1】傍線部①「真の「個性」とは、似て非なるもの」とあるが、筆者が「違いの強調」をそのように見なすのはなぜか。その理由の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 奇抜な服装や、ユニークな意見は、一見、個性的に見えるが、その多くは、海外の流行を模倣したものでしかないから。
- 他者との比較によって成り立つ個性は、他者の評価に依存する、相対的で、移ろいやすいものに過ぎないから。
- 個性を強調しすぎると、周囲から敬遠され、社会的に孤立してしまい、結果的に、自分自身を苦しめることになるから。
- 現代社会では、多様性が重視されるため、他者との違いを主張しても、もはや、個性としては、認められなくなっているから。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「海外の流行を模倣した」という限定的な話はしていません。
- 2. 筆者は、「他者との比較の上に成り立つ「個性」は、常に、他者の存在を前提とする、相対的なものでしかない」「他者の評価や、流行の変化によって、容易に揺らいでしまう、脆い土台の上に立っている」と述べています。この、他者との比較に依存する、相対的で不安定な性質こそが、「真の個性」とは違うと筆者が考える理由です。
- 3. 社会的に「孤立する」かどうか、という結果については論じていません。個性の本質についての議論です。
- 4. 現代社会で「認められなくなっている」という事実認識は示されていません。むしろ、そうした安易な個性観が一般的であると指摘しています。
【設問2】傍線部②「自分自身の内側にある、絶対的な基準との、対話のうちに」見出される「個性」とは、どのようなものか。その説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 社会の常識や、道徳律を、自分自身の判断基準として、内在化させた、社会性の高い個性。
- 他者の評価や、流行とは無関係に、自分自身の内面から湧き上がる、揺るぎない価値観に基づいた個性。
- 様々な分野の専門知識を、幅広く学ぶことで、客観的で、普遍的な判断基準を、身につけた個性。
- 他者との活発な議論や、対話を通じて、自分の考えを、常に、更新し続ける、柔軟な個性。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「社会の常識」といった、外部の基準ではなく、「自分自身の内側にある」基準が問題とされています。
- 2. 筆者は、真の個性を、「自分が、何を美しいと感じ、何を正しいと信じるのか」「誰に認められなくても、これだけは譲れないという、自分だけの価値観」から生まれるものだと定義しています。これは、他者との比較(相対的基準)ではなく、自己の内面(絶対的基準)に根ざしたものであり、この選択肢が、筆者の考えを的確に説明しています。
- 3. 「客観的で、普遍的な判断基準」というよりは、むしろ、主観的で、個人的な価値観が重視されています。
- 4. 「他者との活発な議論や、対話」は、相対的な個性に繋がります。ここでいう「対話」は、あくまで「自分自身の内側」との対話です。
【設問3】筆者の考えによれば、「真に個性的な人間」が「むしろ、物静かである」のはなぜか。その理由として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 自分の内面と向き合うことに集中しているため、外部の世界への関心が、希薄になっているから。
- 自分の個性が、凡人には理解されないであろうことを、諦観しているから。
- 自分の価値基準に絶対的な自信を持っているため、他者からの承認や、理解を、必要としないから。
- 下手に自己主張をすると、他者から、 쓸데없는 嫉妬や、反感を買ってしまうことを、経験的に知っているから。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「外部の世界への関心が、希薄になっている」とまでは言えません。あくまで、自己主張の仕方の問題です。
- 2. 「諦観」といった、ネガティブな感情からくる静けさではありません。
- 3. 筆者は、その理由を、「なぜなら、彼らは、他者からの承認を、もはや、必要としていないからだ」と明確に述べています。自分の内側に確固たる基準があるため、わざわざ外部に「違い」をアピールして、承認を求める必要がないのです。その結果として、物静かな佇まいになる、という論理です。
- 4. 「嫉妬や、反感を買ってしまう」といった、処世術的な観点からの説明はしていません。
【設問4】本文の論旨と合致しないものを、次の中から一つ選べ。
- 他者との「違い」を強調することによって、個性を作り出そうとする考え方は、一般的によく見られる。
- 真の個性とは、他者との比較ではなく、自己の内面を深く掘り下げる、孤独な作業から生まれる。
- 個性的な人間であるためには、社会の常識や、他者の評価から、完全に自由になる必要がある。
- 真に個性的な人間は、自分の価値観を、声高に主張せずとも、そのあり方自体から、自然と個性が滲み出てくる。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「私たちは、一般的に、「個性」というものを、他者との「違い」のうちに、見出そうとする傾向がある」とあり、合致します。
- 2. 「自分自身の内側にある、絶対的な基準との、対話」「孤独な営みの果てに」個性が生まれる、とあり、合致します。
- 3. 筆者は、他者の評価を「必要としない」境地について述べていますが、社会の常識から「完全に自由になる必要がある」とまで主張しているわけではありません。むしろ、本文の趣旨は、個性の「源泉」がどこにあるか、という点にあります。この「完全に自由になる必要がある」という記述は、筆者の穏当な主張を、極端に解釈しており、言い過ぎです。
- 4. 「違いをことさらに主張する個性は、しばしば、騒々しい。しかし、真に個性的な人間は、むしろ、物静かである」「香り立つように、滲み出てくる」とあり、合致します。
語句説明:
奇抜(きばつ):人の意表を突くほど、風変わりであること。
相対的(そうたいてき):他との比較や、関係の上で、成り立つさま。絶対的の対義語。
ことさらに:わざと。意図的に。
諦観(ていかん):本質をはっきりと見極めること。転じて、どうにもならないことだと諦め、落ち着いた心境になること。