現代文対策問題 57

本文

現代社会において、「旅」は、かつてないほど手軽なものになった。高速な交通網が、私たちを、瞬く間に遠方へと運び、インターネットは、未知の土地の情報を、事前に隅々まで提供してくれる。私たちは、周到な計画と、効率的な移動によって、旅の時間的・空間的なコストを、極限まで圧縮しようと努めている。

しかし、私は、そのような「旅」のあり方に、ある種の違和感を覚えるのだ。本来、「旅」という言葉には、「未知との遭遇」という、本質的な要素が含まれていたはずだ。道に迷う偶然性、予定調和を打ち破る、予期せぬ出来事との出会い。そうした、効率の物差しでは測れない「無駄」な時間の中にこそ、旅の豊かさは宿るのではないか。

全てが事前に分かり、計画通りに進む旅は、いわば、自分の知っている世界の、安全な延長線上でしかない。それは、ただの「移動」や「観光」であって、本来の意味での「旅」とは、似て非なるものであろう。真の「旅」とは、むしろ、効率性や、快適さといった、日常の価値観が通用しない場所に、自らの身を置くことによって、始まるのかもしれない。

計画が崩れ、途方に暮れた時にこそ、私たちは、普段の自分という鎧を脱ぎ捨て、その土地の風景や、人々の営みと、生身で向き合うことになる。その時、私たちは、ただの観光客ではなく、一人の「旅人」になるのだ。便利さの追求が、私たちから、本当の意味での「旅」を奪っていないか。私たちは、今一度、立ち止まって、問い直してみる必要がある。


【設問1】傍線部①「効率の物差しでは測れない「無駄」な時間の中にこそ、旅の豊かさは宿る」とあるが、筆者が考える「旅の豊かさ」とはどのようなものか。最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 決められた時間内に、できるだけ多くの観光名所を巡ることで得られる、高い満足感。
  2. 道に迷ったり、予期せぬ出来事に遭遇したりすることから生まれる、新たな発見や、世界との生の関係。
  3. 入念な下調べによって、現地の文化や歴史への理解を深めておくことで得られる、知的な興奮。
  4. 快適な交通機関や、宿泊施設を利用することで得られる、日常の疲れを癒やす、リラックス効果。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「多くの観光名所を巡る」のは、筆者が批判する「効率」的な旅のあり方です。
  • 2. 筆者は、「道に迷う偶然性、予定調和を打ち破る、予期せぬ出来事との出会い」といった「無駄」な時間にこそ、「旅の豊かさ」が宿ると述べています。これは、計画された世界から逸脱し、「新たな発見」や、その土地との「生の関係」を取り戻す体験を指しており、この選択肢が筆者の考えと合致します。
  • 3. 「入念な下調べ」は、「全てが事前に分かる」旅に繋がり、筆者が疑問を呈しているものです。
  • 4. 「快適さ」は、「日常の価値観」であり、筆者は、それが通用しない場所に身を置くことの重要性を説いています。

【設問2】傍線部②「計画が崩れ、途方に暮れた時にこそ、私たちは、普段の自分という鎧を脱ぎ捨て」るとあるが、ここでいう「普段の自分という鎧」とは、どのようなものを指すか。最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 社会的な地位や、役割意識に守られ、何事も、予定通りに、効率的にこなそうとする、日常の自分。
  2. 他人に対して、常に心を開かず、本音を見せようとしない、用心深く、内向的な自分。
  3. 未知の物事に対して、常に、懐疑的で、批判的な態度をとってしまう、理屈っぽい自分。
  4. 常に、周囲からの評価を気にし、他人の期待に応えようと、無理をしてしまう、見栄っ張りな自分。
【正解と解説】

正解 → 1

  • 1. 筆者は、「効率性や、快適さといった、日常の価値観」から離れることの重要性を説いています。つまり、「普段の自分という鎧」とは、そうした日常の価値観に縛られた自分のことです。計画通りに物事を進め、効率を重視するという、日常における「社会的な役割意識」が、この「鎧」の正体です。計画が崩れることで、その鎧が機能しなくなり、初めて、生身の自分で世界と向き合うことになるのです。
  • 2. 「用心深く、内向的な自分」という、特定の性格について述べているわけではありません。
  • 3. 「理屈っぽい自分」というよりは、もっと行動様式に関わる価値観の話です。
  • 4. 「他人の期待」というよりは、効率性を求める、自分自身の内面化した価値観が問題とされています。

【設問3】筆者が、現代の一般的な「旅」を、「ただの『移動』や『観光』」と断じているのはなぜか。その理由として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 旅先での消費活動ばかりが重視され、その土地の文化や、歴史への敬意が、失われているから。
  2. 過剰な情報と、効率的な計画によって、本来、旅が持つべき、未知との遭遇という本質が、失われているから。
  3. 多くの人々が、ガイドブックに載っているような、ありきたりの名所ばかりを訪れ、画一的な体験しかしていないから。
  4. 旅を通じて、自己を見つめ直したり、精神的に成長したりするという、内面的な目的が、忘れられているから。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「消費活動」については、本文で具体的に言及されていません。
  • 2. 筆者は、「全てが事前に分かり、計画通りに進む旅」を批判し、それが「自分の知っている世界の、安全な延長線上」に過ぎないと述べています。これは、「未知との遭遇」という、筆者が考える「旅」の本質が、過剰な情報と計画性によって失われている、ということを意味します。この選択肢が、筆者の主張の核心を的確に捉えています。
  • 3. 「画一的な体験」であることも問題の一つですが、その根本的な原因として、筆者は、未知との遭遇が失われていることを挙げています。
  • 4. 「精神的な成長」が忘れられているのも事実ですが、その成長をもたらす源泉である「未知との遭遇」が失われていることの方が、より本質的な問題として指摘されています。

【設問4】本文全体の趣旨として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 現代の旅行業界が抱える、商業主義的な問題点を、鋭く批判している。
  2. 旅の計画を立てる際には、情報収集よりも、偶然性を楽しむ余裕を持つべきだと主張している。
  3. 効率や便利さを追求する現代において、非効率な偶然性の中にこそ、真の「旅」の豊かさがあることを論じている。
  4. 若者は、もっと積極的に、海外の未知の文化に触れ、国際的な視野を広げるべきだと訴えている。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「旅行業界」という特定の業界批判ではなく、もっと普遍的な、現代の「旅」のあり方そのものへの問いかけです。
  • 2. 「計画を立てる際」の具体的な方法論というよりは、もっと根本的な、「旅」というものの本質についての考察です。
  • 3. 本文は、「効率」や「便利さ」を追求する現代の旅のあり方に疑問を呈し、それとは対極にある「偶然性」や「無駄な時間」(非効率)の中にこそ、「旅の豊かさ」があると一貫して主張しています。この選択肢が、本文全体の論旨を、最も的確に要約しています。
  • 4. 「海外」に限定した話ではなく、旅全般についての議論です。

語句説明:
周到(しゅうとう):すみずみまで、注意が行き届いていること。
圧縮(あっしゅく):押し縮めること。ここでは、時間や手間を、極力、短く、少なくすること。
予定調和(よていちょうわ):物事が、まるで、あらかじめ決められていたかのように、うまくいくこと。
似て非なるもの(にてひなるもの):外見は似ているが、中身、本質は、全く違うものであること。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:57