現代文対策問題 56
本文
私たちは、何らかの専門家、いわゆる「プロ」の仕事に触れた時、その卓越した技術や、洗練された成果に、ただ感嘆することが多い。しかし、本当に注目すべきは、その華やかな成果の裏に隠された、膨大で、そして、しばしば、極めて単調な「反復」の過程ではないだろうか。
例えば、一流のスポーツ選手は、地味な基礎練習を、来る日も来る日も繰り返す。熟練の職人は、同じ作業を、何万回となく繰り返すことで、初めて、機械では到達できない、微細な感覚を、その身体に刻み込む。一見、創造性とは無縁に見える、この「反復」という行為こそが、実は、非凡な領域へと至るための、唯一の道なのである。
なぜ、反復が重要なのか。それは、反復が、意識を、無意識のレベルにまで、深化させるからだ。最初は、頭で考え、一つ一つの手順を確認しながら行っていた作業も、繰り返すうちに、身体がそれを覚え、意識せずとも、自然にこなせるようになる。いわゆる「名人芸」と呼ばれるものの多くは、この、意識が透明になった状態で、初めて、発揮される。思考の介入がなくなることで、かえって、身体は、より純粋で、鋭敏な感覚を、取り戻すのだ。
私たちは、とかく、新しい知識や、奇抜なアイデアを求めることに、価値を置きがちである。しかし、真の習熟とは、知的な理解を超えたところにある。退屈とも思えるほどの、地道な「反復」を、耐え抜いた者だけが、その先にある、本当の自由の境地に、辿り着けるのかもしれない。
【設問1】傍線部①「極めて単調な「反復」の過程」について、筆者がこれを「本当に注目すべき」だと考えているのはなぜか。その理由の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 地道な努力を続けることの精神的な苦しみを、多くの人々に理解してもらうため。
- 才能に恵まれない凡人であっても、努力さえすれば、必ず成功できるということを証明するため。
- それこそが、素人には真似のできない、非凡な技術や感覚を、身体に刻み込むための、本質的な過程だから。
- 反復練習が、いかに、人間の創造性や、自由な発想を、阻害するかを、明らかにするため。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「苦しみを理解してもらう」という、同情を求めるような趣旨ではありません。
- 2. 「必ず成功できる」という、単純な精神論を述べているわけではありません。
- 3. 筆者は、「熟練の職人は、同じ作業を、何万回となく繰り返すことで…微細な感覚を、その身体に刻み込む」「『反復』という行為こそが…非凡な領域へと至るための、唯一の道」だと述べています。つまり、プロの卓越した成果の源泉となる「本質的な過程」だからこそ、注目すべきだと考えているのです。
- 4. 筆者は、反復を、創造性の「土台」として肯定的に捉えており、その価値を「阻害する」とは考えていません。本文の趣旨と逆です。
【設問2】傍線部②「意識が透明になった状態」とは、どのような状態か。その説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 長年の厳しい修行によって、一切の雑念や、感情が消え去り、無感動になった状態。
- 頭で考えなくても、身体が自然に、かつ、最適に動くほど、技術が、無意識のレベルで、完全に身体化された状態。
- 極度の疲労により、正常な意識を保つことができず、朦朧としている状態。
- 他者の思考や感情が、手に取るように分かるようになる、超感覚的な状態。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「無感動になった状態」ではなく、むしろ「より純粋で、鋭敏な感覚を取り戻す」とあるように、感覚が研ぎ澄まされた状態です。
- 2. 「最初は、頭で考え…ていた作業も、繰り返すうちに、身体がそれを覚え、意識せずとも、自然にこなせるようになる」という本文の記述が、この選択肢の内容を直接的に説明しています。「思考の介入がなくなる」ことで、意識が「透明」になり、身体が技術と一体化した状態です。
- 3. 「疲労」や「朦朧」といった、ネガティブな状態ではありません。むしろ、最高のパフォーマンスが発揮される状態です。
- 4. 「他者の思考や感情が分かる」といった、超能力的な話はしていません。
【設問3】筆者の考えによれば、「反復」と「創造性」は、どのような関係にあるか。その説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 「反復」は、決まった動きを繰り返すことであるため、「創造性」とは、全く相容れない、対極の関係にある。
- 地道な「反復」によって、基本的な技術が無意識化されることで、初めて、その土台の上に、真の「創造性」が発揮されるという、段階的な関係にある。
- 「反復」と「創造性」は、どちらも、専門家になるためには、等しく重要であるが、両者の間に、直接的な関係性はない。
- 過度な「反復」は、思考を停止させ、「創造性」を枯渇させてしまうため、両者のバランスを、慎重に保つ必要がある。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 筆者は、「一見、創造性とは無縁に見える」が、実は「非凡な領域へと至るための、唯一の道」だと述べており、「相容れない」とは考えていません。
- 2. 筆者は、「反復」を、卓越した技術を身につけるための「基礎」「土台」として位置づけています。そして、その土台が固まることで、思考が介入しない、より自由な境地に至るとしています。これは、基礎(反復)の上に、応用(創造性)が成り立つという「段階的な関係」を示しています。
- 3. 「直接的な関係性はない」のではなく、反復が、より高いレベルの表現の前提条件になっているという、強い関係性を論じています。
- 4. 筆者は、反復が「創造性を枯渇させる」とは考えていません。むしろ、真の自由(創造性)に至るための道だと、肯定的に捉えています。
【設問4】本文の要旨として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 何事においても、結果ではなく、そこに至るまでの、地道な努力の過程こそが、最も尊い。
- 真の専門性とは、華やかな成果の裏にある、退屈とも思えるほどの、基礎的な反復練習によって、初めて培われる。
- 現代人は、新しい情報を追い求めるばかりで、一つのことを、深く掘り下げる、忍耐力を失っている。
- あらゆる分野において、精神的な集中力を高めるためには、無心で、反復作業を行うことが、有効な訓練となる。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「努力の過程が尊い」という精神論も含まれますが、筆者の主張の中心は、その過程が「専門性」をいかにして形成するか、という点にあります。
- 2. 「専門家、いわゆる『プロ』の仕事」を取り上げ、その「卓越した技術や、洗練された成果」が、その裏にある「極めて単調な『反復』の過程」によってもたらされる、という本文全体の構造と主張を、最も的確に要約しています。
- 3. 「現代人は忍耐力を失っている」という社会批評が、本文の主眼ではありません。
- 4. 「集中力を高める訓練」という、一般的なノウハウの話ではなく、専門的な技術の「習熟」についての議論です。
語句説明:
卓越(たくえつ):他よりも、はるかに、優れていること。
感嘆(かんたん):心に深く感じて、褒めたたえること。
深化(しんか):物事の内容が、深く、高度になること。
鋭敏(えいびん):感覚や判断力が、鋭いこと。