現代文対策問題 95

本文

現代社会は「病」をもっぱらネガティブなものとして捉えます。病は健康な状態からの逸脱であり、克服され排除されるべき敵であると。医学の進歩はこの考え方を強力に後押しし、私たちは薬や手術によって病という異物を身体から取り除くことに腐心してきました。この「闘う医療」は多くの命を救ってきた、紛れもない事実です。

しかし、その一方で、私たちは病が持つもう一つの顔を見失ってはいないでしょうか。病は確かに苦痛をもたらします。だが、同時に、それは私たちに重要な「問い」を投げかける契機ともなり得るのです。健康という自明であった状態が揺らぐ時、私たちは初めて自らの身体の有限性や生きることの意味を深く見つめ直さざるを得なくなる。病は日常の速度を強制的に緩め、これまで見過ごしてきた世界の側面を私たちに開示します。

かつて人々は、病を単なる肉体の不調としてではなく、生活のあり方や運命からのメッセージとして受け止めていました。病と「闘う」のではなく、病と「共にある」中で、自らの生き方を問い直し、新たな価値観を獲得していく。そのような態度は現代人が忘れてしまった知恵を含んでいるかもしれません。

もちろん、これは近代医療の成果を否定し、病を甘受すべきだと主張するものではありません。しかし、病をただ排除すべき敵としてのみ捉える一元的な視点から脱却し、それが人生にもたらす意味の次元をも見つめる複眼的な視点を持つこと。それによって、私たちは病という経験を通じて、より深く成熟した人間へと変わっていくことができるのではないでしょうか。


【設問1】傍線部①「健康という自明であった状態が揺らぐ時、私たちは初めて自らの身体の有限性や生きることの意味を深く見つめ直さざるを得なくなる」とあるが、これは病がどのような役割を果たすことを示しているか。

  1. 人間に自らの死を意識させ、強い恐怖と絶望を与えるという役割。
  2. これまで当たり前と思っていた日常の前提を問い直し、人生への思索を促すという役割。
  3. 不摂生な生活態度を反省させ、健康的なライフスタイルへの転換を強制するという役割。
  4. 医療のありがたみを実感させ、科学技術への信頼を深めさせるという役割。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「恐怖と絶望」というネガティブな側面だけでなく、筆者はそこから生まれる思索の可能性を指摘しています。
  • 2. 「健康という自明であった状態」が当たり前の日常の前提です。病はそれを揺るがすことで、「身体の有限性」や「生きることの意味」といった、普段は意識しない根源的な問いへと私たちの目を向けさせます。この選択肢は、病が持つそうした哲学的な問いを喚起する役割を的確に捉えています。
  • 3. 「不摂生な生活態度」に限定した話ではなく、より根源的な人生観の問題として論じています。
  • 4. 筆者は、むしろ近代医療の一元的な視点を相対化しようとしており、この選択肢は趣旨に反します。

【設問2】傍線部②「もちろん、これは近代医療の成果を否定し、病を甘受すべきだと主張するものではない」と筆者が断っているのはなぜか。

  1. 自らの主張が非科学的な精神論であると批判されることを恐れているから。
  2. 病の持つ精神的な意味を強調するあまり、近代医療の恩恵を軽視していると誤解されないようにするため。
  3. 病の苦しみを美化することは、実際に闘病している人々を傷つける可能性があるから。
  4. どのような病も最終的には医療によって克服できると信じているから。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「批判を恐れている」というよりは、自らの主張の意図を正確に伝えるための配慮です。
  • 2. 筆者は、それまでの文脈で「闘う医療」を相対化し、病の持つ意味の次元を強調してきました。しかし、それは医療の価値を全く認めない、という極端な主張ではありません。この断り書きは、自らの議論が単なる近代医療批判ではなく、両方の視点を統合しようとするものであることを示し、読者の誤解を防ぐために挿入されたと考えられます。
  • 3. 「闘病者を傷つける」という倫理的な配慮も含まれるかもしれませんが、より直接的には自らの議論の立ち位置を明確にするための論理的な配慮です。
  • 4. 「最終的には克服できる」とは考えていません。むしろ、病との共存の可能性を示唆しています。

【設問3】筆者の言う「闘う医療」と対比される、「かつての人々」の病への態度として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 病を神からの罰と考え、ただひたすら祈りを捧げる宿命論的な態度。
  2. 病を自らの生活を見つめ直し、その意味を問うきっかけとして受け止める内省的な態度。
  3. 病に対する民間伝承や迷信を信じ、非合理的な治療法に頼る前近代的な態度。
  4. 病を克服不可能なものと諦め、残された時間を静かに過ごそうとする諦観の態度。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「神からの罰」という特定の宗教観に限定していません。
  • 2. 第三段落で筆者はかつての人々の態度を、「病と『共にあり』」「自らの生き方を問い直し、新たな価値観を獲得していく」ものとして説明しています。これは病を敵として排除するのではなく、自らの一部として引き受け、そこから何かを学ぼうとする内省的な姿勢を示しており、この選択肢はその特徴を的確に捉えています。
  • 3. 「迷信」や「非合理的」といった否定的な側面だけを強調しているわけではありません。むしろ、その知恵を見直そうとしています。
  • 4. 「諦め」という消極的な態度ではなく、「問い直し、新たな価値観を獲得する」という、より積極的な側面を強調しています。

語句説明:
腐心(ふしん):あることを成し遂げようとして、心を苦しめ悩ますこと。
契機(けいき):物事が起こったり、変化したりするきっかけ。動機。
甘受(かんじゅ):仕方がないものとして、甘んじて受け入れること。
一元的(いちげんてき):全ての物事の根源がただ一つであるとするさま。物事の見方が一つに偏っているさま。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:95