現代文対策問題 91
本文
近年、若者を中心に「コスパ」、すなわちコストパフォーマンスという価値基準が絶大な力を持つようになっています。費やした時間やお金に対して、どれだけの効果や満足感が得られるか。友人とのランチから映画鑑賞、さらには恋愛に至るまで、あらゆる人間的営みが、この投資とリターンの論理によって評価され、選別される。失敗したくない、損をしたくない、という気持ちがその背景にあるのでしょう。
このコスパ的思考は、一見すると非常に合理的で賢い生き方のように見えます。しかし、その徹底は、私たちの人生から、ある決定的に重要な要素を奪い去ってしまうのではないでしょうか。それは、「無駄」や「寄り道」の持つ豊かさです。そもそも、人間的な成長や思わぬ発見というものは、しばしば非効率で一見無意味に思える時間の中から生まれてくるのです。
例えば、目的もなく街をぶらぶらと散歩する時間。気の進まない誘いに付き合って、普段なら出会わない人々と話す時間。あるいは、何の役にも立たないと思いながら、ただ好きだという理由だけで没頭する趣味の時間。これらの時間は、コスパの物差しで測れば評価はゼロ、あるいはマイナスかもしれません。しかし、そのような予測不能な「遊び」の時間の中にこそ、私たちの世界を予期せぬ方向へ広げてくれる偶然の扉が隠されています。
人生の価値を全て事前に計算可能なパフォーマンスとして捉える態度は、私たちを安全で効率的な檻の中に閉じ込めてしまう。その檻の中から、私たちは決して本当の自分自身や世界の意外な一面に出会うことはないでしょう。時にはコスパの呪縛から自らを解き放ち、無駄を恐れず寄り道を楽しむ勇気。それこそが、予測可能なだけの退屈な人生から脱するための鍵なのではないでしょうか。
【設問1】傍線部①「そもそも、人間的な成長や思わぬ発見というものは、しばしば非効率で一見無意味に思える時間の中から生まれてくる」とあるが、これはどういうことか。
- 人は多くの失敗や無駄な努力を経験することで、精神的に強くなるということ。
- 目的や効率に縛られずに過ごす時間の中でこそ、予期せぬ気づきや学びの機会が得られるということ。
- 人生における重要な発見は、綿密な計画よりも偶然の幸運によってもたらされることが多いということ。
- 他人には無駄に見える努力でも、本人が満足していれば、それは十分に価値のある時間であるということ。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「精神的に強くなる」という精神論に限定されていません。より広い「成長」や「発見」がテーマです。
- 2. 筆者は続く第三段落で、「目的もなく街をぶらぶらする」「何の役にも立たないと思う」趣味の時間、といった「非効率」で「無意味に見える」時間の例を挙げています。そして、そのような時間の中に「私たちの世界を予期せぬ方向へ広げてくれる偶然の扉」があると述べています。この選択肢は筆者の主張を的確に言い換えています。
- 3. 「偶然の幸運」という他力本願なニュアンスではなく、自らが「無駄」な時間を過ごすという主体的な行為が前提にあります。
- 4. 「本人の満足」という主観的な価値だけでなく、それが客観的な「成長」や「発見」につながる可能性を指摘しています。
【設問2】傍線部②「人生の価値を全て事前に計算可能なパフォーマンスとして捉える態度は、私たちを安全で効率的な檻の中に閉じ込めてしまう」とあるが、筆者がこの「檻」を問題視しているのはなぜか。
- 常に効率を求められるため、精神的なプレッシャーが大きいから。
- 決められた範囲内でしか行動しなくなり、未知の可能性に出会う機会を失うから。
- コストパフォーマンスの良し悪しで人間関係を選別するようになり、孤立してしまうから。
- 他者との競争に常にさらされ、心から安らげる時間がなくなってしまうから。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「プレッシャー」もあるかもしれませんが、より本質的な問題は可能性の喪失です。
- 2. 傍線部の直後で筆者は、「その檻の中から、私たちは決して本当の自分自身や世界の意外な一面に出会うことはないだろう」と述べています。「安全で効率的」であることと引き換えに、予測可能な範囲に閉じ込められ、それ以外の世界(未知の可能性)との接触が断たれてしまうこと。これが筆者が「檻」という比喩に込めた批判の核心です。
- 3. 「孤立」という人間関係の問題に限定されていません。より広く、自己と世界との関わりの問題です。
- 4. 「競争」については本文では直接言及されていません。
【設問3】本文全体の趣旨として最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 若者は短期的なコストパフォーマンスばかりを追求せず、長期的な視点に立った自己投資を心がけるべきである。
- 人生の満足度はかけたコストに比例するとは限らないので、高価なものばかりを追い求めるのは愚かである。
- コストパフォーマンスという価値基準はビジネスの世界では有効だが、私的な人間関係に持ち込むべきではない。
- 効率や合理性だけを追求する生き方は、人生から予測不能な豊かさを奪ってしまうため、「無駄」の価値を見直すべきである。
【正解と解説】
正解 → 4
- 1. 「長期的な自己投資」も一種のコスパ的思考であり、筆者の主張とは異なります。
- 2. 「高価なもの」に限定した話ではなく、時間や労力も含めたあらゆる「コスト」に対する考え方がテーマです。
- 3. 「ビジネスと私生活」という領域の限定はしていません。より普遍的な人生のあり方として論じています。
- 4. 筆者は、「コスパ」という効率性・合理性一辺倒の価値観が「『無駄』や『寄り道』の持つ豊かさ」を失わせると一貫して主張しています。そして、最後に「無駄を恐れず、寄り道を楽しむ勇気」の必要性を説いています。この選択肢は本文全体の要旨を最も的確にまとめています。
語句説明:
選別(せんべつ):多くの中から目的や基準に合うものを選び出すこと。
リターン:見返り。報酬。投資によって得られる収益。
没頭(ぼっとう):他を忘れて一つの物事に熱中すること。
呪縛(じゅばく):呪文でからだを動けなくすること。転じて、心理的に人の自由を縛るもの。