現代文対策問題 87
本文
近年、人々の間で「癒し」への関心が高まっています。アロマテラピーやヒーリング音楽、パワースポット巡りなど、さまざまな「癒し」の商品やサービスが人気を集めています。ストレスの多い現代社会で、人々が心の安らぎを求めるのは自然なことです。しかし、私は現代の「癒し」ブームに、ある種の危うさを感じずにはいられません。
その理由は、多くの「癒し」が主に個人が気持ちよくなるための消費活動として完結してしまっている点にあります。そこでは、自分のストレスの根本にある社会的な問題や人間関係の軋轢から目をそらし、一時的な気晴らしや感覚的な快楽に身を委ねることが推奨されています。いわば、対症療法的な鎮痛剤のようなものであり、問題の根本的な解決にはつながらず、むしろ、それを先送りし、見えなくしてしまう働きを持っているのです。
そもそも、人が本当の意味で「癒される」ときとは、どのようなときでしょうか。それは、安易な心地よさに浸ることではありません。むしろ、自分の傷や弱さと真摯に向き合い、その苦しみを他者と分かち合い、あるいは、より大きな物語の中に位置づけ直すプロセスの中にこそ、真の治癒があるのではないでしょうか。たとえば、深刻な悩みを抱えた人が、信頼できる友人にそれを打ち明け、深く共感してもらう経験。その対話を通じて、人は孤独から救われ、再び立ち上がる力を得るのです。
現代の「癒し」は、しばしば、こうした他者との面倒で骨の折れる関わりを避けて通ります。そして、手軽に購入できる「癒し」の商品に頼ることで、私たちは人と人とが互いに支え合い、癒し合うという、本来人間社会が持っていた大切な機能を外部化し、失いつつあるのかもしれません。
【設問1】傍線部①「問題の根本的な解決にはつながらず、むしろ、それを先送りし、見えなくしてしまう働きを持っている」とあるが、筆者が現代の「癒し」にそのような働きがあると考えるのはなぜか。
- 「癒し」産業が利益を追求するあまり、消費者を依存させ、長期的に商品やサービスを購入させようとするから。
- ストレスの原因である社会構造や人間関係の問題から個人の注意をそらし、一時的な心地よさで満足させてしまうから。
- 科学的根拠のない非合理的な「癒し」が広まり、人々を惑わせ、適切な医療を受ける機会を奪ってしまうから。
- 多くの「癒し」が都会の喧騒から離れた非日常的な空間で行われるため、日常生活に戻ったときのギャップが大きいから。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「利益追求」や「依存」といった産業批判の側面よりも、それが個人の問題意識にどう作用するかを論じています。
- 2. 筆者は、現代の「癒し」が「自分のストレスの根本にある社会的な問題や人間関係の軋轢から目をそらし、一時的な気晴らしや感覚的な快楽に身を委ねる」ものだと述べています。これは、問題の根本原因に向き合うことを避け、一時的な「鎮痛剤」として働き、問題を見えなくし(不可視化)、解決を遅らせる(先送り)という主張と一致します。
- 3. 「科学的根拠」や「医療」との比較は、本文の論点ではありません。
- 4. 「非日常」という側面もありますが、本質的な問題は、それが根本的な問題から目をそらさせる点です。
【設問2】傍線部②「現代の『癒し』は、しばしば、こうした他者との面倒で骨の折れる関わりを避けて通ります」とあるが、筆者が考える「他者との面倒で骨の折れる関わり」の具体例として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 自分の悩みをSNSで発信し、不特定多数の人々から励ましのコメントをもらうこと。
- 専門のカウンセラーにお金を払い、定期的なカウンセリングを受けること。
- 信頼できる友人に自分の深刻な悩みを打ち明け、その応答に真剣に耳を傾けること。
- ヒーリング音楽を聴きながら、ヨガや瞑想を行い、自分の心と静かに向き合うこと。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「不特定多数」とのやりとりは、筆者が言う「面倒で骨の折れる」深い関わりとは少し異なります。
- 2. 「カウンセリング」も対話ですが、筆者はより日常的な人間関係の中に、本来の癒しの機能があると考えています。
- 3. 第三段落で筆者は、真の治癒が起こるプロセスの例として、「深刻な悩みを抱えた人が、信頼できる友人にそれを打ち明け、深く共感してもらう経験」を挙げています。これは時間も精神的なエネルギーも必要とする、まさに「面倒で骨の折れる関わり」であり、この選択肢はその具体例として最も適切です。
- 4. これは他者を介さない個人的な癒しの方法であり、「他者との関わり」ではありません。
【設問3】筆者の考える「真の癒し」とは、どのようなプロセスを経て得られるものか。
- 心地よい環境に身を置き、ストレスの原因を完全に忘れること。
- 自分の内面と向き合い、他者との対話を通じて苦しみの意味を見出していくこと。
- 専門家の助けを借りて、自分の問題を客観的に分析し、合理的な解決策を見つけること。
- 同じ悩みを持つ人々と集まり、互いの経験を共有することで連帯感を得ること。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「完全に忘れる」ことは、筆者が批判する「対症療法」的なあり方です。
- 2. 第三段落で筆者は、「自分の傷や弱さと真摯に向き合い、その苦しみを他者と分かち合い、あるいは、より大きな物語の中に位置づけ直すプロセス」の中に真の治癒があると述べています。この選択肢は、その内面的な探求と他者との関わりの両方を含むプロセスを的確に要約しています。
- 3. 「専門家」や「合理的な解決策」に限定していません。より根本的な人間関係の中で起こるプロセスを重視しています。
- 4. 「連帯感」も癒しの一因ですが、筆者がより強調しているのは自己との対峙と一対一の深い対話です。
語句説明:
博す(はくす):獲得する。得る。(良い評判などを)手に入れる。
軋轢(あつれき):人と人との間の不和や摩擦。
不可視化(ふかしか):目に見えないようにすること。問題などが認識されないようにすること。
迂回(うかい):回り道をすること。ここでは、面倒なことを避けて通ることの比喩。