現代文対策問題 85

本文

私たちは日々、他者とことばを交わしながら生きています。そして、コミュニケーション能力とは多くの場合、「いかに論理的で説得力のある話ができるか」という「話す力」のことだと考えられがちです。会議でのプレゼンテーションや討論の場面を思い浮かべれば、それももっともに思えるかもしれません。

しかし私は、本当に豊かなコミュニケーションの土台となるのは、むしろ「聴く力」のほうではないかと考えています。ここでいう「聴く」とは、単に相手の発する音声を耳で受け取るという受動的な行為ではありません。それは自分の判断や反論したい気持ちを一度脇に置き、相手が本当に何を伝えようとしているのか、その言葉の背景にある感情や文脈までをも全身で受け止めようとする積極的な営みなのです。

多くの会話は、実は対話のふりをした、順番に発せられる独白にすぎません。相手が話している最中も、自分の次の発言を準備したり、相手の論理の矛盾を探したりしてしまいがちです。こうした状態では、真の理解は生まれません。一方、優れた「聴き手」を前にすると、話し手は安心して心の奥にある考えを探求できるのです。ときには話しているうちに、自分でも気づいていなかった本心に出会うことすらあります。

沈黙を恐れず、相手が言葉を探すのを待つ。安易に助言や同情をするのではなく、ただそこに寄り添う。こうした深い「聴く力」は、人を癒し、育み、そして人と人とのあいだに何ものにも代えがたい信頼の橋を架けます。話す力が自己を表現する技術だとすれば、聴く力は他者の存在を支える愛の技術と言えるかもしれません。


【設問1】傍線部①「相手が本当に何を伝えようとしているのか、その言葉の背景にある感情や文脈までをも全身で受け止めようとする積極的な営み」とあるが、これは「聴く力」のどのような側面を説明しているか。

  1. 相手の話の矛盾点を的確に指摘し、議論をより高い次元へと導く分析的な能力。
  2. 言葉の表面的な意味だけでなく、その裏にある話し手の意図や心情を深くくみ取ろうとする共感的な姿勢。
  3. 相手の話を記憶し、あとで正確に再現できる高度な記憶力。
  4. 相手が次に何を言うかを予測し、会話をスムーズにリードしていく主導的な技術。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 筆者は「反論したい気持ちを一旦脇に置き」と述べており、「矛盾点を指摘する」批判的な態度とは異なります。
  • 2. 筆者は真の「聴く力」を、「単に音声を耳で受け取ること以上のもの」としています。「言葉の背景にある感情や文脈まで」「全身で受け止めようとする」という記述は、言葉の論理的内容だけでなく話し手の内面(意図や心情)に寄り添おうとする深い共感の姿勢を示しています。この選択肢が、その「積極的な営み」の本質をもっとも的確に捉えています。
  • 3. 「記憶力」も大事ですが、ここで強調されているのは聴いているその瞬間の関わり方です。
  • 4. 「リードする」主導的な態度ではなく、相手に寄り添う受容的な姿勢が大切とされています。

【設問2】傍線部②「沈黙を恐れず、相手が言葉を探すのを待つ。安易に助言や同情をするのではなく、ただそこに寄り添う」とあるが、このような態度がなぜ重要だと筆者は考えているか。

  1. 話し手に考える時間と空間を与え、自分自身の内なる考えを引き出す手助けになるから。
  2. 聴き手が無言でいることで、話し手はより一層の緊張感を持ち、論理的に話そうと努力するから。
  3. 下手に口を挟むと会話の主導権を奪ってしまい、相手を不快にさせる可能性があるから。
  4. 「沈黙は金」という格言の通り、口数が少ないほうが思慮深い人物だという印象を与えるから。
【正解と解説】

正解 → 1

  • 1. 筆者は「優れた聴き手を前にすると話し手は安心して心の奥底にある考えを探求できる」「自分でも気づいていなかった本心に気づかされることすらある」と述べています。沈黙を恐れず待つことで、話し手が自分のペースで考えを深め、言葉にしていくプロセスを尊重し、助けることができます。つまり、話し手の内面からの気づきを促す大切な環境作りになるのです。
  • 2. 「緊張感」を与えるためではありません。むしろ「安心」が大切です。
  • 3. 「不快にさせない」ためのマナーではなく、より積極的に相手の自己発見を支える効果を重視しています。
  • 4. 「思慮深い印象」を与えることが目的ではなく、相手に与える効果の問題です。

【設問3】筆者が「交互の独白」と呼ぶコミュニケーションの特徴として最も適当なものを選びなさい。

  1. お互いが相手の発言に真剣に耳を傾け、深いレベルでの相互理解が成立している状態。
  2. お互いが相手の発言をきっかけに自由に連想を広げ、会話が思わぬ方向へ展開していく状態。
  3. お互いが相手の話を聞いているようで、実は自分の言いたいことだけを考えているすれ違いの状態。
  4. お互いが感情的な言葉をぶつけ合い、論理的な対話が不可能になっている状態。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. これは筆者が理想とする「対話」であり、「独白」とは正反対です。
  • 2. 「連想が広がる」のは良いことかもしれませんが、「独白」という一方的なニュアンスとは異なります。
  • 3. 第三段落で筆者は「相手が話している最中も、自分の次の発言を準備したり、相手の論理の矛盾を探したりしている」状態を「交互の独白」と説明しています。これは、それぞれが自分の世界に閉じこもり、相手の言葉を自分の発言のためのきっかけとしてしか聞いていない、すれ違いの状況を的確に表しています。
  • 4. 「感情的な言葉をぶつけ合う」場合に限りません。一見冷静な議論でも、互いに聞いていなければ「交互の独白」です。

語句説明:
礎(いしずえ):建物の土台となる石。物事の根本となる大切なもの。
受動的(じゅどうてき):他から働きかけを受けるだけで自分からは動かないさま。
独白(どくはく):劇などで登場人物が相手なしに一人で台詞を言うこと。ひとりごと。
存在せしめる:存在させる。あるものをあるものとして成り立たせる。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:85