現代文対策問題 84

本文

旅のかたちは、時代とともに大きく変わってきました。かつて旅が一部の特権階級だけに許された非日常的な冒険だった時代から、鉄道網の発達によって誰もが気軽に移動できる大衆的なレジャーへと姿を変えました。そして現代、インターネットや格安航空会社の登場によって、旅はさらに日常の延長にある手軽な消費活動へと変質したと言えるでしょう。

私たちはスマートフォンで瞬時に目的地の情報を集め、評価サイトで星の数を確認し、失敗のない完璧なプランを練り上げます。そこでは予期せぬ出来事や計画からの逸脱は「リスク」として入念に排除されます。しかし、そのような旅は本当に「旅」と呼べるのでしょうか。それは、あらかじめパッケージ化された安全な「観光」商品を効率よく消費しているだけなのではないでしょうか。

本来、旅の醍醐味とは、むしろその計画通りにいかない部分にこそあるのではないでしょうか。道に迷ったり、言葉の通じない人たちと身振り手振りでコミュニケーションを試みたり、思いがけない風景や人の温かさに出会うこと。そのようなハプニングや偶然性こそが、旅を単なる移動ではなく自己発見のプロセスに変えるのです。効率化と引き換えに、私たちは旅が本来持っていたはずの冒険心や発見の驚きを失ってしまったのです。

異質な世界に自分をさらし、その不便さや理不尽さを受け入れる。その覚悟のなかに、旅は私たちを日常の安定した価値観から解き放ち、世界を新しい視点で見直すきっかけを与えてくれるのです。情報という名の鎧を脱ぎ捨て、未知なるものに対して無防備になる勇気。それこそが、現代において失われつつある「旅する力」の本質なのかもしれません。


【設問1】傍線部①「それは、あらかじめパッケージ化された安全な『観光』商品を効率よく消費しているだけなのではないか」とあるが、筆者が現代の「旅」をこのように批判的に捉えているのはなぜか。

  1. 旅先での消費活動が現地の経済や環境に悪影響を与えているから。
  2. インターネット上の不正確な情報に惑わされ、多くの人が旅の実態を見誤っているから。
  3. 計画通りに進めることを優先するあまり、旅の本質である偶然の出会いや発見の機会が失われているから。
  4. 誰もが同じような有名な観光地ばかりを訪れるようになり、旅の多様性が失われているから。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「現地の経済や環境」への影響については本文では触れていません。
  • 2. 「不正確な情報」ではなく、むしろ情報によって旅が管理されすぎていることを問題にしています。
  • 3. 筆者は、現代の旅が「失敗のない完璧なプラン」に基づき、「予期せぬ出来事や計画からの逸脱」を「リスクとして排除」するものになっていると述べています。そして、それによって本来の旅の醍醐味であった「ハプニングや偶然性」が失われていると嘆いています。この選択肢は筆者の批判の核心を的確に捉えています。
  • 4. 「有名な観光地ばかり」という現象も関連しますが、本質的な問題は旅の「体験の質やあり方」です。

【設問2】傍線部②「異質な世界に自分をさらし、その不便さや理不尽さを受け入れる」という態度が私たちにもたらすものとして、筆者が最も期待しているものは何か。

  1. 困難を乗り越えることで得られる大きな達成感と自信。
  2. 自分が普段とらわれている固定的な価値観から自由になり、世界を見直す視点。
  3. 厳しい環境の中で生き抜くための実践的なサバイバル能力。
  4. 日本の恵まれた環境のありがたさを再認識し、愛国心を深めること。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 達成感や自信も得られるかもしれませんが、筆者が強調しているのは内面的な認識の変化です。
  • 2. 傍線部の直後で、筆者は「私たちを日常の安定した価値観から解き放ち、世界を新たな視点で見つめ直すきっかけを与えてくれる」と述べています。異質なものに直面することで、自分の“当たり前”が揺さぶられ、新しい視野が開けることこそ筆者の期待する最大の効用です。
  • 3. 「サバイバル能力」といった実用的スキルの話はしていません。
  • 4. 「愛国心」という特定の思想を推奨しているわけではありません。

【設問3】筆者の考える「旅する力」の本質とはどのようなものか。最も適切なものを次の中から一つ選びなさい。

  1. 旅の計画を綿密に立て、限られた時間の中で最大限の成果を上げる情報収集力と実行力。
  2. 現地の言語や文化に対する深い知識を持ち、現地の人々と円滑に交流できるコミュニケーション能力。
  3. 計画通りにいかない事態や未知の出来事を恐れず、むしろそれを楽しむことができる精神的な柔軟さ。
  4. どんな過酷な環境でも生き抜くことができる強い体力と精神力。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. これは筆者が批判している現代の「観光的な旅」のあり方です。
  • 2. 「深い知識」も大切ですが、筆者が最も重視しているのは未知への向き合い方です。
  • 3. 筆者は現代の旅が「予期せぬ出来事」を排除していることを問題視し、「ハプニングや偶然性」にこそ旅の醍醐味があると述べています。そして「未知なるものに無防備になる勇気」を「旅する力」の本質だと結論付けています。この選択肢は計画外の出来事を積極的に受け入れる精神的な態度を的確に表しています。
  • 4. 強い体力や精神力というよりも、柔軟さや勇気こそが論点です。

語句説明:
変質(へんしつ):性質が変わること。多くは悪い方へ変わる場合に使う。
逸脱(いつだつ):決まった範囲や本筋から外れること。
周到(しゅうとう):すみずみまで注意が行き届いているさま。
安穏(あんのん):穏やかで安らかなこと。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:84