現代文対策問題 83
本文
私たちは日々、無数の「モノ」に囲まれて暮らしています。そして現代の消費社会は、次々と新しい「モノ」を私たちに提示し、その所有を促しています。より高性能なスマートフォンや、より流行のデザインの衣服。これらの「モノ」を手に入れることは、一時的な満足感をもたらすかもしれません。しかし、その欲望の連鎖の先に、本当の豊かさがあるのでしょうか。
私はむしろ、「モノを所有する」ことから「使う」ことへ、さらに「関係を結ぶ」ことへと、私たちの意識を転換すべきだと考えます。たとえば、一本の万年筆を考えてみてください。それをただ持っていて、机の引き出しにしまい込んでおくだけでは、その万年筆は“死んだモノ”にすぎません。しかし、毎日それを手に取り、インクを補充し、紙の上に言葉をつづるという「使う」行為を通じて、その万年筆は、単なる筆記用具を超えて、書き手の身体の一部となり、思考の伴走者のような存在へと変わっていくのです。
さらに、その万年筆が祖父から受け継いだものであったり、大切な人からの贈り物であったりするなら、そこには時間や記憶を介した深い「関係」が生まれます。それはもはや代わりの利く「商品」ではなく、その人にとってかけがえのない物語を宿した唯一無二の存在になります。このようなモノとの深い関係性は、消費社会がもたらす刹那的な興奮とは異なる、静かで持続的な喜びを私たちに与えてくれます。
モノを次々と消費し、交換していくライフスタイルは、人間関係のあり方にも影響を与えているのかもしれません。人もまた、モノのように簡単に「交換」できる存在として扱われてはいないでしょうか。一つのモノと長く深く付き合うこと――その経験は、モノにとどまらず、人や場所との関係を育むうえでも大切な示唆を与えてくれるはずです。
【設問1】傍線部①「その万年筆は、単なる筆記用具を超えて、書き手の身体の一部となり、思考の伴走者のような存在へと変わっていく」とあるが、これはモノにどのような変化が起きたことを示しているか。
- 長年使い続けることで、物理的に持ち主の手になじむ形に変化したこと。
- 持ち主の愛着によって、その市場価値が購入時よりも大幅に上昇したこと。
- 日常的に使うという行為を通じて、単なる客観的な道具から、持ち主の主観的な経験と切り離せない存在になったこと。
- 持ち主の個性が反映され、他の誰も真似できない芸術的な作品へと高められたこと。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 物理的な変化もあるかもしれませんが、ここで問題にしているのは“意味”の変化です。
- 2. 市場価値といった外的評価の話ではありません。
- 3. 筆者は、モノを「所有」から「使用」へ、さらに「関係」へと捉え直すべきだと述べています。「身体の一部」や「思考の伴走者」という表現は、モノが単なる“道具”の域を超え、持ち主の主観や経験と強く結びついた存在になることを示しています。
- 4. 芸術作品になったわけではなく、あくまで持ち主にとっての意味の変化です。
【設問2】傍線部②「モノを次々と消費し、交換していくライフスタイルは、人間関係のあり方にも影響を与えている」とあるが、筆者はどのような影響を懸念しているか。
- 人々がモノを介してしかコミュニケーションできなくなり、直接的な人間関係が希薄になること。
- 高価なモノを持っているかどうかで人を判断し、人間関係が表面的なものになること。
- モノと同じように、人間もまた自分の都合で簡単に取り替えられる対象とみなす風潮が広がること。
- モノへの執着が強まり、他者を押しのけてでも欲しいものを手に入れようとする競争が激化すること。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「モノを介してしか」という限定的な話はしていません。
- 2. 高価なモノに限った問題ではなく、モノとの関わり方全体の問題です。
- 3. 筆者は「人もまたモノのように、簡単に『交換』できる存在として扱われてはいないか」と問いかけています。これは、使い捨てる消費文化の価値観が人間関係にも及び、人とのつながりが深く永続的なものではなく、一時的で代わりのきくものとして見なされてしまう危険性を指摘しています。
- 4. 競争の激化などよりも、関係性そのものの質の問題を述べています。
【設問3】筆者が消費社会のあり方に対抗して提案している「モノとの付き合い方」として、最も適切なものを次の中から一つ選びなさい。
- モノを一切所有せず、全てを共有することで物質的な束縛から自由になる生き方。
- 自分の手で生活に必要なモノを作ることで、消費社会から自立する生き方。
- 一つのモノを長く使い続け、記憶や経験を通してかけがえのない関係を育む生き方。
- 流行に左右されず、機能性だけを徹底的に追求した実用的なモノだけを選ぶ生き方。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「一切所有しない」という極端な主張ではありません。
- 2. 「自分で作る」という生産の話ではなく、関わり方の話です。
- 3. 筆者は「所有」から「使用」、さらに「関係」へと意識をシフトすることを勧めています。祖父から受け継いだ万年筆の例のように、時間や記憶を通してモノと深く関わり、かけがえのない存在として大切にすることが重要だと述べています。
- 4. 機能性だけでなく、記憶や物語などの非機能的な価値も重視しています。
語句説明:
伴走者(ばんそうしゃ):マラソンなどで、選手のそばを一緒に走り、ペース配分などを行う人。転じて、寄り添い支える人。
代替可能(だいたいかのう):他のもので代わりがきくこと。
刹那的(せつなてき):きわめて短い時間のこと。後先を考えない、一時的なあり方。
示唆(しさ):それとなく物事を教え、示すこと。