現代文対策問題 81
本文
「伝統」という言葉は、しばしば古くさく、変化を拒む固定的なものとしてイメージされがちである。まるで博物館に陳列された工芸品のように、過去のある時点で完成し、そのままの形で保存されるべきもの、と。しかし、このような伝統観は、その本質を見誤っている。伝統とは本来、ダイナミックで創造的なプロセスそのものなのだ。
よく考えてほしい。もし伝統が単なる過去の完全な模倣であるならば、文化はとうの昔に活力を失い、化石のようになってしまっただろう。例えば、歌舞伎が今日まで多くの観客を魅了し続けているのは、単に古い型を守り続けているからではない。それぞれの時代の名優たちが、基本的な「型」を大切にしつつも、そこに自分なりの解釈や時代の息吹を吹き込み、常に新しい表現に挑戦してきたからにほかならない。
伝統とは、過去から未来へと流れる大河のようなものである。その流れは、先人たちが築いた河床(=型)に導かれながらも、常に新しい水を取り込み、姿を変えつつ進んでいく。伝統を受け継ぐとは、この流れの中に自分も身を投じ、自らもまた新たな流れを作り出す一滴の水となることである。過去の遺産をただ消費するだけの傍観者でいる限り、人は本当の意味で伝統の担い手にはなれない。
本当の伝統主義者とは、過去にただ従うだけの保守主義者ではない。むしろ、過去の偉業に深い敬意を持ちながら、未来に向かって新たな創造に挑む最も果敢な革新者であるべきなのだ。伝統が生き続けるためには、単なる保存ではなく、未来に向けた創造的な応答が必要なのである。
【設問1】傍線部①「それぞれの時代の名優たちが、基本的な『型』を大切にしつつも、そこに自分なりの解釈や時代の息吹を吹き込み、常に新しい表現に挑戦してきた」とあるが、これは「伝統」がどのような性質を持つことを示しているか。
- 伝統とは、一度確立されると決して変わらない普遍的な価値を持つということ。
- 伝統とは、一部の天才的な芸術家によってのみ維持・発展させられるものだということ。
- 伝統とは、基本的な形式を尊重しながらも、時代とともに変化し、創造的に更新され続けるものであるということ。
- 伝統とは、常に過去を否定し、まったく新しいものを生み出す前衛的な営みであるということ。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「常に新しい表現に挑戦してきた」とあるため、「決して変わらない」は本文の趣旨に反します。
- 2. 「名優たち」が例として挙げられていますが、伝統を一部の天才に限定するものではありません。
- 3. 「基本的な型を大切にしつつも」「時代の息吹を吹き込み」「常に新しい表現に挑戦してきた」という内容から、伝統は形式を守りながらも時代とともに変化し続けるものだといえます。
- 4. 「過去を否定」するのではなく、「基本的な型」を踏まえている点が重要です。
【設問2】傍線部②「本当の伝統主義者とは、過去にただ従うだけの保守主義者ではない」とあるが、筆者が考える「保守主義者」とはどのような態度をとる人か。
- 伝統の精神を未来に活かそうと努力する人。
- 伝統を時代遅れのものと見なし、その価値を認めない人。
- 伝統の形式を絶対視し、どんな変更も許さない人。
- 伝統を自分の権威付けのために都合よく利用する人。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. これは「本当の伝統主義者」の姿です。
- 2. 伝統そのものを否定するのは「保守主義」とは異なります。
- 3. 「過去にただ従うだけ」とは、形式を絶対化し、変化や創造を拒む態度です。この選択肢が本文の意図に合致します。
- 4. 「都合よく利用する」ことは本文で直接論じられていません。
【設問3】筆者が使っている「大河」の比喩は何を表しているか、最も適当なものを選びなさい。
- 伝統が時間とともに勢いを失っていくこと。
- 伝統が固定的な「型」と創造的な「革新」の両方によって成り立っていること。
- 伝統がさまざまな異文化を取り込みながら巨大化していくこと。
- 伝統が一度途絶えると二度と元には戻らないこと。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「勢いを失う」という否定的な意味はありません。
- 2. 筆者は「先人たちが築いた河床(=型)に導かれながらも、常に新しい水を取り込み、姿を変えて進んでいく」と述べています。伝統が型(不変性)と創造(変化)の両面を持つという主張に合致します。
- 3. 「異文化を取り込む」点に限定されていません。より広く、時代ごとの新しい要素全般が含まれます。
- 4. 「途絶える」ことはこの比喩の主眼ではありません。
語句説明:
墨守(ぼくしゅ): 古い習慣や説を頑なに守り変えないこと。
息吹(いぶき): 活動の気配や雰囲気、生命感。
命脈(めいみゃく): 命。また、物事が存続するためのつながり。
盲従(もうじゅう): 理由もわからずに他人の言う通りに従うこと。