現代文対策問題 80

本文

現代社会は、常に私たちに「わかりやすさ」を求めている。複雑な事象は単純な図式に落とし込まれ、白か黒か、敵か味方かという二項対立の論理で分けられてしまう。テレビのワイドショーやインターネットの見出しは、その典型だろう。そこでは、思考の持久力を必要とするような微妙なニュアンスは切り捨てられ、瞬時に理解できる刺激的な言葉だけが流通している。

しかし、この「わかりやすさ」への渇望は、私たちの知性を確実に蝕んでいる。本来、世界は無数のグレーゾーンを含んだ多声的なテクストであるはずだ。同じ出来事でも、見る人の立場によってまったく異なる意味や側面があり、安易に善悪のレッテルを貼ることを拒む複雑さが存在する。それにもかかわらず、わかりやすさの誘惑によって、私たちはそのような世界の深みや奥行きから目を背け、思考停止に陥ってしまう。

なぜ、私たちはこれほどまでに「わかりやすさ」を求めてしまうのだろうか。一つには、情報があふれる現代において、全ての物事をじっくり吟味する時間的・精神的余裕がないという背景がある。次々と押し寄せる情報に効率よく対応するためには、一つ一つを素早く処理できる単純な形に還元せざるを得ないのだ。

しかし、本当に知的な態度とは、わからないものをわからないまま受け止め、その複雑さと向き合い続ける忍耐力の中にこそ宿るのではないか。単純明快な答えに飛びつくのではなく、あえて理解を保留し、多角的な視点から物事を考え続ける精神のタフさ。それこそが、「わかりやすさ」という名の思考の麻薬に対抗する唯一の処方箋なのだ。


【設問1】傍線部①「同じ出来事でも、見る人の立場によってまったく異なる意味や側面があり、安易に善悪のレッテルを貼ることを拒む複雑さが存在する」とあるが、この記述は世界のどのような性質について述べたものか。

  1. 世界は人間の認識を超えた神秘的な法則によって動いているという性質。
  2. 世界には多様な価値観や視点が共存しており、一つの単純な基準では割り切れないという性質。
  3. 世界は常に変化し流動しているため、固定的な理解を許さないという性質。
  4. 世界は偶然の出来事が複雑に絡み合って成り立っており、明確な因果関係を見出すのが困難であるという性質。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「神秘的な法則」というより、人間の認識の多様性の問題について述べています。
  • 2. 「見る人の立場によってまったく異なる意味や側面がある」とは、世界が絶対的な見方に回収できない多様で多面的な構造を持つという意味であり、この選択肢が本文の趣旨に最も合致しています。
  • 3. 「変化・流動」も世界の性質ですが、ここで述べられているのは主に解釈の多様性です。
  • 4. 「因果関係の困難さ」よりも、出来事の意味の多様性が論点です。

【設問2】傍線部②「しかし、本当に知的な態度とは、わからないものをわからないまま受け止め、その複雑さと向き合い続ける忍耐力の中にこそ宿る」とあるが、ここでいう「知的な態度」と対極にあるものは何か。

  1. 専門家の意見を鵜呑みにし、自分で考えることを放棄する権威主義的な態度。
  2. 物事を白か黒かという単純な二元論で片付け、急いで結論を出そうとする態度。
  3. 客観的な事実よりも自分の感情や願望を優先し、現実を直視しない態度。
  4. 答えのない問いについて考え続けることを無駄だとみなし、無視する態度。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 権威主義も問題ですが、本文が主に批判しているのは「わかりやすさ」への過度な欲求です。
  • 2. 複雑さを嫌い、白黒はっきりつけて安易に結論を出そうとする態度が、知的な態度の対極として最も適切です。
  • 3. 「感情の優先」も一因ですが、本文の中心は「複雑さと向き合うか否か」です。
  • 4. 問題を無視する態度も近いですが、「積極的に単純化し答えを求める態度」が本文の趣旨により近いです。

【設問3】筆者が現代社会で「わかりやすさ」が求められる主な理由として挙げているものは何か。

  1. 人々の知的水準が全体的に下がり、複雑な思考に耐えられなくなっているから。
  2. グローバル化が進み、多様な文化背景を持つ人々の間で誤解を避ける必要があるから。
  3. 処理しきれないほどの大量の情報に日々さらされ、効率的な情報処理が求められているから。
  4. 科学技術が発展し、あらゆる問題に明確な答えが出せるようになったから。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 知性が蝕まれているのは結果であり、原因とは述べられていません。
  • 2. グローバル化や異文化理解には本文で触れられていません。
  • 3. 情報があふれ、効率的な処理の必要性から「わかりやすさ」を求めるようになった、という本文の説明に合致します。
  • 4. 筆者はむしろ、世界は複雑で明確な答えが出せないものだと論じています。

語句説明:
二項対立(にこうたいりつ): 物事を二つの対立する概念に分けて考える思考方法。
蝕む(むしばむ): 少しずつ害を与えて全体をだめにしていくこと。
多声的(たせいてき): 多くの異なる声(視点や価値観)が同時に存在しているさま。ポリフォニック。
処方箋(しょほうせん): 医師が患者に与える薬の内容を書いた文書。転じて、問題解決のための方法。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:80