現代文対策問題 53
本文
私たちは、日常生活の中で、意識するとしないとにかかわらず、無数の「型」に支えられて生きている。箸の持ち方、挨拶の仕方、手紙の書き出しに至るまで、私たちは、先人たちが長い時間をかけて洗練させてきた、ある種の様式、すなわち「型」を無意識に踏襲している。こうした「型」は、しばしば、個人の自由な表現を束縛する、窮屈なものだと見なされがちである。
確かに、「型」には、それを逸脱する者を排除しようとする、保守的な側面があることは否定できない。しかし、私は、「型」を、単なる束縛と見なすのは、あまりに一面的な見方だと考える。例えば、武道や芸道の世界では、徹底的に「型」を学ぶことが、全ての基本とされる。基本の型を、繰り返し、体に染み込ませることで、初めて、その先の自由な応用、すなわち「型破り」な表現が可能になるのだ。最初から型を無視した、単なる「形無し」の自己流と、型を知り尽くした上での「型破り」とでは、その表現の持つ説得力や深みが、全く異なってくる。
これは、芸術の世界に限った話ではない。私たちの思考や、コミュニケーションにおいても同様である。論理的な思考の「型」を学ぶからこそ、独創的な発想が生まれる土壌が育まれ、手紙の「型」を知っているからこそ、相手や状況に応じた、心のこもった表現が可能になる。「型」とは、私たちを縛るための檻ではなく、むしろ、より高い自由へと至るための、確かな足がかりなのである。
真の個性や自由とは、何の制約もない、真空地帯に生まれるものではない。それは、先人たちへの敬意に裏打ちされた、確固たる「型」という土台の上でこそ、豊かに花開くものなのではないだろうか。
【設問1】傍線部①「『型』を、単なる束縛と見なすのは、あまりに一面的な見方だ」とあるが、筆者がそのように考えるのはなぜか。その理由の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 「型」を身につけることは、社会人としての最低限の常識であり、それを無視する人間は、社会から孤立してしまうから。
- 「型」には、長い時間をかけて培われてきた先人たちの知恵が凝縮されており、私たちの行動を円滑にするという側面もあるから。
- 「型」は、それを知り尽くした上で破ることによって、初めて、より自由で深い表現を可能にするという、創造の土台としての側面も持つから。
- 現代社会では、「型」にとらわれない、自由な発想や、個性的な生き方の方が、より高く評価される傾向にあるから。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「社会から孤立する」といった、社会的な制裁の話はしていません。
- 2. 「行動を円滑にする」という側面も「型」の機能ですが、筆者が「束縛ではない」と主張する、より積極的な理由としては、創造性との関わりにあります。
- 3. 筆者は、「型」が束縛であるという見方に反論するため、「基本の型を…体に染み込ませることで、初めて、その先の自由な応用、すなわち『型破り』な表現が可能になる」という例を挙げています。つまり、「型」が自由な表現(創造)の「土台」となる側面を持つからこそ、単なる束縛ではない、と主張しているのです。
- 4. 筆者は、安易に「型」を無視する風潮を批判しており、本文の趣旨と逆です。
【設問2】本文中で述べられている「形無し」と「型破り」の違いについての説明として、最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 「形無し」は伝統を重んじる保守的な態度であり、「型破り」は伝統を破壊しようとする革新的な態度である。
- 「形無し」は基本を無視した未熟な自己流であり、「型破り」は基本を極めた上での応用的な表現である。
- 「形無し」は芸術の世界で用いられる表現であり、「型破り」は武道の世界でのみ用いられる表現である。
- 「形無し」は他者からの評価が低い表現であり、「型破り」は常に大衆から絶賛される表現である。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「形無し」は伝統を「無視」するので、「重んじる」という記述と矛盾します。
- 2. 「最初から型を無視した、単なる『形無し』の自己流と、型を知り尽くした上での『型破り』」という本文の記述と完全に一致します。基本(型)を知っているかどうかが、両者の決定的な違いです。
- 3. 筆者は、両者を、武道や芸道に共通する概念として用いています。限定的な説明は不適切です。
- 4. 「型破り」が「常に絶賛される」とは限りません。評価の問題ではなく、表現の成り立ちの違いが問われています。
【設問3】傍線部②「むしろ、より高い自由へと至るための、確かな足がかり」とあるが、これはどういうことか。その説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 多くの「型」を知っていればいるほど、社会の様々な場面で、臨機応変に対応できるようになるということ。
- 「型」という共通の基盤を持つことで、他者とのコミュニケーションが円滑になり、相互理解が深まるということ。
- 基本的な「型」を習得することで、思考や表現の土台が築かれ、その上で、初めて、自分らしい応用が可能になるということ。
- 「型」という厳格なルールに従うことで、かえって、精神的な迷いがなくなり、心の平穏を得ることができるということ。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「臨機応変な対応」も型の一つの効用ですが、筆者が論じている「より高い自由」とは、創造的な表現の自由を指しています。
- 2. 「コミュニケーションの円滑化」も型の一つの効用ですが、より本質的には、個人の表現の深化について論じています。
- 3. 筆者は一貫して、「型」が「基本」であり「土台」であると主張しています。その土台(足がかり)を固めることで、初めて、その上に、より自由で「自分らしい応用」が可能になる(より高い自由へ至る)、という論理です。この選択肢が、筆者の主張を最も的確に説明しています。
- 4. 「心の平穏」がテーマではなく、表現や創造における「自由」がテーマです。
【設問4】本文の趣旨を踏まえた上で、筆者の考える「真の個性」についての説明として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 誰の影響も受けず、自分だけの力で、ゼロからすべてを生み出す、孤高の精神。
- 伝統や権威を一切否定し、既存の価値観を破壊していく、反骨精神の表れ。
- 先人たちが築き上げた文化的な伝統や様式を、深く学び、受け継いだ上で、初めて生まれる、独自の表現。
- 周囲の意見に流されず、自分の感性や感情だけを信じ、それをストレートに表現する、素直な心。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 筆者は、基本(型)を学ぶことの重要性を説いており、「ゼロからすべてを生み出す」という考え方とは異なります。
- 2. 「伝統や権威を一切否定」するのは「形無し」の考え方であり、筆者が肯定する「型破り」とは異なります。
- 3. 本文の最後の段落、「真の個性や自由とは…先人たちへの敬意に裏打ちされた、確固たる『型』という土台の上でこそ、豊かに花開くもの」という記述と完全に一致します。伝統や様式(型)を学んだ上で、それを超えていくことこそが、真の個性だという筆者の考えを表しています。
- 4. 「感性や感情だけを信じ、それをストレートに表現する」のは、基本を無視した「形無し」の自己流に陥る危険性があり、筆者の主張とは異なります。
語句説明:
踏襲(とうしゅう):先人のやり方や説を、そのまま受け継ぐこと。
逸脱(いつだつ):本来の目的や、決められた範囲から、外れること。
型破り(かたやぶり):常識的な型から、大胆に外れていること。多くは、良い意味で使われる。
土壌(どじょう):ここでは、物事が生まれる、基盤や環境のたとえ。