現代文対策問題 52

本文

我々は、しばしば、「言葉」が、コミュニケーションのための、万能の道具であると信じ込んでいる。自分の考えや感情は、正確な言葉を選び、論理的に構成しさえすれば、必ず相手に伝わるはずだ、と。しかし、本当にそうだろうか。むしろ、言葉を尽くせば尽くすほど、かえって、本質的な部分が相手から遠ざかっていく、という経験はないだろうか。

例えば、夕日の美しさを、どれだけ多くの語彙を駆使して説明しても、その感動そのものを、言葉だけで完全に共有することはできない。言葉は、いわば、現実を切り取るための、粗い網の目のようなものだ。網の目をすり抜けていく、名付けようのない感情や、言葉になる以前の感覚の機微こそが、実は、我々のコミュニケーションの、最も豊かな部分を担っているのかもしれない。

だからといって、言葉が無力だと言いたいわけではない。重要なのは、言葉の限界を自覚することだ。そして、言葉と、言葉ならざるものとの間を、想像力で補い合うことである。相手の言葉の裏にある沈黙に耳を澄まし、表情や仕草といった、身体的な言語を読み解こうと努める。そうした、言葉の外側にあるものへの敬意を払って初めて、我々のコミュニケーションは、単なる記号の交換を超えて、魂の触れ合いのような、深い次元に達することができるのではないか。

言葉は、万能ではない。しかし、不完全であるからこそ、我々は、その不完全さを埋めようとして、相手を、より深く理解しようと努めるのかもしれない。言葉の限界点こそが、真のコミュニケーションの出発点なのである。


【設問1】傍線部①「言葉を尽くせば尽くすほど、かえって、本質的な部分が相手から遠ざかっていく」とあるが、筆者がそのように考える理由として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 言葉は、個人の主観的な解釈に左右されるため、話せば話すほど、互いの誤解が深まってしまうから。
  2. 言葉にできない感情や感覚の機微こそが、物事の本質的な部分であり、言葉はそれを完全に捉えきれないから。
  3. 饒舌な人間は、相手から信頼されにくく、言葉数が少ない人間の方が、かえって誠実であると見なされる傾向があるから。
  4. 複雑な物事を、無理に言葉で説明しようとすると、かえって論理が破綻し、説得力を失ってしまうから。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「誤解が深まる」という側面も考えられますが、筆者がより本質的な問題として挙げているのは、言葉の表現能力の限界です。
  • 2. 筆者は、言葉を「粗い網の目のようなもの」とたとえ、「網の目をすり抜けていく、名付けようのない感情や、言葉になる以前の感覚の機微こそが…豊かな部分」だと述べています。つまり、言葉では物事の「本質」を全て掬い取ることができず、説明すればするほど、その言葉からこぼれ落ちる部分が大きくなる、という考えです。
  • 3. 「饒舌な人間は信頼されにくい」といった、一般的な人間関係論の話はしていません。
  • 4. 「論理が破綻する」という技術的な問題ではなく、言葉という道具そのものの、原理的な限界について論じています。

【設問2】傍線部②「言葉の外側にあるものへの敬意」とは、どのような態度のことか。その説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 言葉に頼らず、テレパシーのような、超自然的な力によって、相手の心を理解しようとする態度。
  2. 言葉の論理的な意味だけでなく、表情や声のトーン、沈黙といった、非言語的な要素も重視する態度。
  3. 相手が使う言葉の背景にある、文化的な習慣や、歴史的な文脈を、深く学ぼうとする態度。
  4. 相手の言葉を鵜呑みにせず、常にその真偽を疑い、批判的な視点から、物事を判断しようとする態度。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「テレパシー」のような、非科学的な話はしていません。
  • 2. 筆者は、「言葉の外側にあるもの」の具体例として、「相手の言葉の裏にある沈黙」「表情や仕草といった、身体的な言語」を挙げています。これらは全て、言葉以外のコミュニケーション要素(非言語的要素)であり、それらを軽視せず、「敬意」を払って読み解こうとすることが重要だと述べています。
  • 3. 「文化的習慣や歴史的文脈」も重要ですが、筆者がここで強調しているのは、その場のコミュニケーションにおける、より直接的な非言語的要素です。
  • 4. 「真偽を疑い、批判的な視点」を持つことではなく、言葉で表現しきれない豊かな部分を、想像力で補おうとする、より肯定的な態度です。

【設問3】本文における「言葉」の役割についての筆者の考えの説明として、最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 現実を正確に写し取り、他者と完全に共有するための、完璧なコミュニケーションツールである。
  2. それ自体は不完全なものであるが、その不完全さ故に、かえって、他者を深く理解しようとする努力を促す。
  3. 論理的な思考を司る、人間にとって最も重要な能力であり、感情や感覚よりも、常に優先されるべきものである。
  4. 誤解や対立の根源となる、極めて不確かなものであり、できるだけ、その使用は避けるべきものである。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 筆者は、言葉を「万能の道具であると信じ込んでいる」ことを批判しており、「完璧なツール」とは考えていません。
  • 2. 本文の最後の段落、「言葉は、万能ではない。しかし、不完全であるからこそ、我々は、その不完全さを埋めようとして、相手を、より深く理解しようと努めるのかもしれない」という記述と完全に一致します。言葉の限界点が、真のコミュニケーションの出発点になる、という逆説的な役割を指摘しています。
  • 3. 「感情や感覚よりも、常に優先されるべき」とは考えていません。むしろ、言葉がこぼれ落とす感情や感覚の重要性を強調しています。
  • 4. 「使用は避けるべき」という、完全な否定はしていません。「言葉が無力だと言いたいわけではない」と断っています。

【設問4】本文の要旨として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 言葉の限界を認識した上で、言葉にならない部分を想像力で補い合うことこそが、真のコミュニケーションには不可欠である。
  2. コミュニケーション能力を高めるためには、語彙力を増やし、論理的な話し方を訓練することが、最も重要である。
  3. 現代社会では、言葉による直接的な対話が減少し、コミュニケーションの希薄化が、深刻な問題となっている。
  4. 言葉は、現実そのものではなく、現実を切り取るための一つの道具に過ぎないという、言語哲学の基本的な考え方を解説している。
【正解と解説】

正解 → 1

  • 1. 「重要なのは、言葉の限界を自覚することだ。そして、言葉と、言葉ならざるものとの間を、想像力で補い合うことである」。この本文中の記述が、筆者の中心的な主張を要約しています。この選択肢は、その内容を最も的確に反映しています。
  • 2. 筆者は、「多くの語彙を駆使して説明しても」感動は伝わらないと述べており、この選択肢は筆者の主張と逆行します。
  • 3. 「現代社会での対話の減少」といった、社会時評的なテーマは、本文では扱われていません。
  • 4. 「言語哲学の基本的な考え方を解説」することが目的ではなく、その考え方を前提として、より良いコミュニケーションのあり方を論じることが、本文の目的です。

語句説明:
万能(ばんのう):あらゆることに、優れた能力を発揮すること。どんなことにも、よく効くこと。
語彙(ごい):ある人が知っている、または、使う単語の総体。
機微(きび):表面だけでは分からない、微妙で、細やかな事情や、心の動き。
饒舌(じょうぜつ):すらすらと、よくしゃべること。おしゃべり。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:52