現代文対策問題 77

本文

私たちは自分の「身体」を、自ら意のままに操れる所有物だと考えがちである。喉が渇けば水を飲み、歩こうと思えば足が前に出る。しかし、この当たり前の感覚の陰で、身体には決して完全に意識の支配下にあるわけではない、もう一つの重要な側面があることを忘れてはならない。

たとえば、心臓の鼓動や消化器官の働きを意志で制御することはできないし、病や老いは私たちの意図とは無関係に訪れる。また、熟練の職人やスポーツ選手が見せる神業のようなパフォーマンスは、頭で考えて行われるものではない。長年の反復練習によって、身体そのものが記憶し、思考しているかのような「身体知」とでも呼ぶべき知性が、そこには働いているのだ。

「意識が主人で身体が召使い」という見方は、近代的な人間観が生み出した思い込みにすぎない。むしろ、私たちの意識こそが、身体という広大で賢明なシステムの上に成り立つ小さな客人に近いのかもしれない。身体は借り物であり、それを通じて私たちは世界に存在している。自分のものと思い込んでいた身体が、実は自分よりも古く賢い法則に貫かれていると気づくとき、私たちは存在に対する新たな謙虚さを学ぶ。

身体を単なる「モノ」として対象化し、その声に耳を傾けることを忘れたとき、私たちは生命の根源から切り離されてしまう。効率や合理性ばかりを追求する現代社会において、意識の暴走を戒め、私たちを本来の生命のリズムへと呼び戻すのは、他ならぬこの身体の叡智である。


【設問1】傍線部①「…『身体知』とでも呼ぶべき知性が、そこには働いている」とあるが、この「身体知」の説明として最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 頭の中で論理的に分析し導き出される知的能力。
  2. 意識的思考を介さず、身体が状況に応じて的確に判断・動作する実践的知性。
  3. 生まれつき備わった本能的な反射や運動能力。
  4. 科学技術を用いて身体能力を最大化する専門的知識。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 「頭で考えて行われるものではない」と本文で明示されており、身体が直接状況に対応する知性を指す。

【設問2】傍線部②「…身体を…対象化し、その声に耳を傾けることを忘れたとき、生命の根源から切り離されてしまう」と筆者が警告する理由として最も適当なものを一つ選べ。

  1. 不調のサインを無視すると深刻な病気に見舞われるから。
  2. 身体の知性やリズムを無視し意識だけで生きようとすると、生命本来の活力やバランスを失うから。
  3. 身体を大切にしない人は他者や自然にも配慮できなくなるから。
  4. 身体的快楽ばかり追求すると精神的向上心を失うから。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 身体の声(叡智)を無視することは、生命の本来のリズムやバランスを失うことを意味する。

【設問3】筆者によれば、近代的な人間観における意識と身体の関係はどのようなものか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 意識と身体は対等なパートナーである。
  2. 意識が主人で身体はその命令に従う道具・所有物である。
  3. 身体が本質で意識は付随的現象である。
  4. 意識と身体は一体で区別自体が誤りである。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 筆者は「意識が主人、身体は召使い」という近代的な思い込みを批判している。

語句説明:
意のままに(いのままに):思うとおりに。
身体知(しんたいち):身体が反復経験から獲得する実践的知恵。
叡智(えいち):深い知恵。
対象化(たいしょうか):切り離して客観的に見ること。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:77