現代文対策問題 75

本文

私たちは他者と関わるとき、無意識のうちに相手に特定の「役割」を期待し、押し付けることがある。教師には教師らしい振る舞いを、医者には医者らしい態度を求める。このような社会的な「役割」は、円滑な人間関係を築くための潤滑油の役割を果たし、私たちの社会生活に秩序をもたらしている。

しかし、この「役割」という色眼鏡は、ときに私たちの視野を著しく狭める。役割の裏にいる、かけがえのない一個人としての生身の姿を見失ってしまうのだ。たとえば「母親」という役割を与えられた女性は、常に子どもを最優先し、自己犠牲を厭わない存在であるべきだという期待にさらされる。その期待が、彼女自身の悩みや欲望を覆い隠してしまうのである。

「役割を演じる」ことは安心感をもたらす。あらかじめ用意された台本に従えば、摩擦は少なく、安定した関係を保てる。しかしその安定を代償に、私たちは自らの多面性や変化の可能性を封じ込めてしまう。そして他者にも役割という窮屈な枠を当てはめ、その人の豊かな内面を理解する機会を永遠に失ってしまう。

真のコミュニケーションは、おそらく互いにまとっている「役割」という既製服を一枚脱ぎ捨てることから始まる。役割の奥にいる、戸惑い揺れ動く予測不可能な他者と出会うこと。それは効率的でも安全でもない、リスクを伴う営みだ。しかしその刺激的な相互作用のなかにこそ、人と人が本当に繋がる奇跡が隠されているのではないだろうか。


【設問1】傍線部①「かけがえのない一個人としての生身の姿を見失ってしまう」とあるが、これはどういうことか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 相手の肩書きや社会的地位に惑わされ、その人の経済力や権力を誤って判断すること。
  2. 担っている社会的役割のイメージにとらわれ、その人固有の人格や感情を見過ごしてしまうこと。
  3. 相手の外見や第一印象だけで判断し、内面に隠れた才能や能力に気づかないこと。
  4. 過去の過ちや失敗の記憶によって、その人の現在の姿を正しく評価できなくなること。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 筆者は「役割」を色眼鏡にたとえ、役割を通して見ることで個人としての本来の姿が見えなくなると指摘している。
  • 「母親」の例でも、役割への期待が本人の悩みや欲望を覆い隠してしまうと述べている。

【設問2】傍線部②「真のコミュニケーションは…既製服を一枚脱ぎ捨てることから始まる」とあるが、それに続く「真のコミュニケーション」の説明として最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 互いの社会的地位や利害をいったん忘れ、一人の人間として本音で語り合うこと。
  2. 言葉に頼らず、表情や身振りなど非言語的手段で心を通わせること。
  3. 相手の役割にふさわしい敬意を払い、礼儀正しい言葉遣いを徹底すること。
  4. 相手の期待する役割を完璧に演じ、深い安心感を与えること。
【正解と解説】

正解 → 1

  • 役割という仮面を外し、個人として予測不可能な他者と出会うことが「真のコミュニケーション」である。

【設問3】筆者が「役割を演じる」ことのメリットとデメリットをどのように考えているか。その説明として最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. メリットは社会的成功を収めやすいこと、デメリットは精神的に疲弊すること。
  2. メリットは周囲との関係が安定すること、デメリットは自己の多面性が抑え込まれること。
  3. メリットは他者から深い信頼を得ること、デメリットは孤立の危険があること。
  4. メリットは行動に迷いがなくなること、デメリットは創造性を失うこと。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 筆者は「役割を演じる」ことで摩擦が少なく関係が安定するメリットと、多面性を封じるデメリットを挙げている。

語句説明:
唯一無二(ゆいいつむに):この世にただ一つで、他に代わりのないこと。
厭わない(いとわない):嫌がらない、ためらわない。
多面性(ためんせい):一つのものが複数の異なる側面を持つこと。
既製服(きせいふく):既に作られた服。ここでは社会的役割のたとえ。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:75