現代文対策問題 72

本文

芸術作品を鑑賞するとき、私たちはしばしばその作品の「正しさ」や作者の「唯一の意図」を探ろうとする。この絵が何を表現しているのか。この小説の真のテーマは何か。学校教育では、作品にはひとつの「正解」があり、それを読み解くことが鑑賞のゴールであるかのように教えられてきたかもしれない。

しかし本来、芸術作品は確定的な答えを与えてくれるものではない。むしろ、優れた作品ほど多様な解釈の可能性を豊かに内包している。それは鑑賞者一人ひとりの経験や価値観、そのときの心境を映し出す鏡のような存在だ。作品と向き合うとは、作者の意図を当てるクイズではなく、作品を触媒として自分の内面と対話するプロセスなのである

権威ある評価や教科書的な解釈に安易に依存するのは楽かもしれない。しかしそれは、自らの感性で作品を味わうという最も豊かで刺激的な経験を放棄する行為にほかならない。たとえ他の誰とも違う突飛な解釈であっても、自分の心に深く響いたものこそが、その人にとっての真実の鑑賞体験と言えるだろう。

もちろんこれは、あらゆる解釈が等しく許されるという安易な相対主義を意味しない。作品の細部に根ざし、テクストが持つ構造を無視した我田引水は単なる誤読にすぎない。しかしその制約の中で思考を自由に遊ばせ、自分だけの意味を見つけ出す努力のなかにこそ、芸術鑑賞の本当の醍醐味があるのではないだろうか。


【設問1】傍線部①「作品と向き合うとは、作者の意図を当てるクイズではなく、作品を触媒として自分の内面と対話するプロセスなのである」とあるが、これは芸術鑑賞についてどのような考え方を示しているか。

  1. 客観的分析よりも、鑑賞者が何を感じ何を考えたかという主観的体験を重視する考え方。
  2. 作者の経歴や時代背景を徹底的に調査し、隠されたメッセージを解読すべきだという考え方。
  3. 作品を通して作者の精神性に触れ、自らの人格を高めるべきだという考え方。
  4. 作品の真価は専門家の評価によって初めて確定すると考える考え方。
【正解と解説】

正解 → 1

  • 1. 「意図を当てるクイズ」を否定し、「内面と対話するプロセス」を強調しており、鑑賞者の主観的体験を重視する考え方である。
  • 2. 作者の意図解読を否定しているため不適当。
  • 3. 人格向上より、鑑賞行為そのもののあり方を問題にしている。
  • 4. 権威ある評価に頼ることを批判しており逆の内容である。

【設問2】傍線部②「もちろんこれは、あらゆる解釈が等しく許されるという安易な相対主義を意味しない」と筆者が補足したのはなぜか。その理由として最も適当なものを次から一つ選べ。

  1. 自由な解釈を認めると作品の絶対的価値が失われると懸念したから。
  2. 主観を重視する主張が、テクストを無視した我田引水を肯定するものと誤解されないようにするため。
  3. 芸術解釈に専門知識が不可欠であり、素人は口を出すべきでないと考えたから。
  4. 多様な解釈が対立を生み社会的混乱を招くと危惧したから。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 絶対的価値への懐疑を主体にしており、この選択肢は不適当。
  • 2. 自由な解釈の重要性を説く一方で、テクストに根ざさない我田引水は誤読であると否定しており、誤解を避けるための補足である。
  • 3. 専門家否定の文脈であり、素人排除の趣旨ではない。
  • 4. 社会混乱の議論はされておらず、鑑賞方法の議論にとどまっている。

【設問3】筆者の考える「芸術鑑賞の本当の醍醐味」とはどのようなものか。最も適当なものを次から一つ選べ。

  1. 隠された作者の技巧を見つけ知的満足を得ること。
  2. 普遍的テーマを理解し共通の感動を追体験すること。
  3. テクストの制約内で思考を遊ばせ、自分だけの意味を発見する過程。
  4. 他者と感想を語り合い多様な解釈に触れることで視野を広げること。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 技巧発見よりも鑑賞者の主体的関わりを重視している。
  • 2. 共通感動より個人のユニークな体験を重視している。
  • 3. 「制約の中で思考を遊ばせ、自分だけの意味を見つけ出す努力」に本当の醍醐味があると述べている。
  • 4. 他者との対話よりまず個人の鑑賞を強調している。

語句説明:
内包(ないほう):内部に含み持つこと。
触媒(しょくばい):変化のきっかけとなるもの。
突飛(とっぴ):常識を超えて意表を突くこと。
我田引水(がでんいんすい):自分に都合よく解釈すること。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:72