現代文対策問題 71
本文
近年、テクノロジーの飛躍的な発展によって、私たちはかつてないほどの「便利さ」を手に入れた。スマートフォンひとつで世界中の情報にアクセスでき、買い物も友人とのやり取りも指先だけで完結する。これらの技術は、私たちの生活から多くの身体的労力や時間的制約を取り除いてくれた。
しかし、この「便利さ」の追求によって、私たちは何か大切なものを失いかけてはいないだろうか。たとえば、辞書を引く行為を考えよう。ネット検索なら一瞬で意味が表示されるが、紙の辞書を使うと、目的の単語にたどり着くまでに前後の単語が自然と目に入る。その中には、まったく知らなかった言葉や忘れていた言葉との偶然の出会いがある。この一見非効率に見える「寄り道」こそが、私たちの知識や関心の地平を予期せぬ形で広げてくれるのだ。
かつての旅も同様だった。現代のように最短ルートで目的地へ急ぐのではなく、不便や偶然の出来事そのものを楽しむプロセスが旅の魅力だった。道に迷うこと、見知らぬ人とふと話を交わすこと──そうした身体的経験の積み重ねが、旅を豊かで記憶に残るものにしていたのである。
効率化とは、目的達成までのプロセスからあらゆる「無駄」を削ぎ落とす作業である。しかし、人間の精神的豊かさや創造性は、その「無駄」や「遊び」の中から生まれることが多い。最短距離で答えに到達することだけに慣れた私たちは、答えのない問いと向き合い、自分だけの答えをじっくり探求する能力を失いつつあるのかもしれない。
【設問1】傍線部①「この一見非効率に見える『寄り道』こそが、私たちの知識や関心の地平を予期せぬ形で広げてくれる」とあるが、これはどういうことか。最も適当なものを次から一つ選べ。
- 辞書を丁寧に読むことで、言葉の正確な意味や語源を深く理解できるということ。
- 寄り道をすることで脳が活性化し、記憶力や思考力が向上するということ。
- 本来の目的とは関係ない情報に偶然触れることで、新たな発見や興味が生まれるということ。
- 時間をかけて苦労して得た知識の方が、簡単に得た知識より忘れにくいということ。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 語源の理解ではなく、目的外の言葉との偶然の出会いを指している。
- 2. 科学的効果ではなく、「寄り道」による偶発的発見の価値を論じている。
- 3. 辞書引きの過程で目に入る予期せぬ単語との出会いが、知識や関心の幅を広げるという意味である。
- 4. 知識の定着ではなく、知識の広がりを問題にしている。
【設問2】傍線部②「効率化とは、目的達成までのプロセスからあらゆる『無駄』を削ぎ落とす作業である」という考えに対し、筆者が懸念していることは何か。最も適当なものを次から一つ選べ。
- 無駄を省くことに慣れると、不便にも耐えられない忍耐力のない人間になること。
- 精神的豊かさや創造性の源泉となる偶発的な経験の機会が失われること。
- プロセスを軽視すると、結果さえ良ければ手段を選ばない倫理観の欠如につながること。
- すべての作業が効率化されると機械に仕事を奪われ、失業が増大すること。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 忍耐力の問題ではなく、創造性の喪失を懸念している。
- 2. 「無駄」や「遊び」の中から生まれる豊かさや創造性の機会が削がれることを問題にしている。
- 3. 倫理観の問題は本文の論点ではない。
- 4. 失業問題ではなく、個人の精神的豊かさについて論じている。
【設問3】筆者の考えによれば、「便利さ」の追求がもたらすマイナスの側面とはどれか。次から一つ選べ。
- 身体を動かす機会が減ることによる健康問題。
- 人と人が直接顔を合わせなくなり、人間関係が希薄になること。
- 過程で得られる豊かで偶発的な経験を失うこと。
- 常に情報機器に接続することによる精神的疲労の増大。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 健康問題ではなく、経験の喪失を論じている。
- 2. 人間関係の希薄化は本文の焦点ではない。
- 3. 辞書引きや旅の例を挙げ、効率化が「寄り道」や「偶然の出来事」といった豊かな経験を奪うことを指摘している。
- 4. 精神的疲労については触れていない。
語句説明:
完結(かんけつ):物事がすっかり終わりまとまること。
地平(ちへい):ここでは知識や関心が及ぶ範囲のたとえ。
予期せぬ(よきせぬ):前もって予測できない、思いがけないこと。
削ぎ落とす(そぎおとす):余分なものを削って取り除くこと。