現代文対策問題 69

本文

私たちは日々、無数の「言葉」に囲まれて生活している。多くの場合、言葉は対象を正確に指し示す便利な「記号」や「ラベル」と考えられる。たとえば「犬」という言葉は四本足の動物を、「空」という言葉は頭上に広がる青い空間を指す。この名指しの機能は、コミュニケーションの根幹をなす重要な働きである。

しかし、言葉の役割はそれだけだろうか。もしそうなら、詩人の存在意義はどこにあるのだろう。詩人は既知の事物を新たな言葉で呼び直すことに情熱を注ぐ。たとえば、ありふれた夕焼けに「血の轍」という斬新な言葉を与えると、これまでただの「夕焼け」として見過ごされてきた光景が、新しい意味と表情を帯びて立ち上がってくる。これは単なる言い換えではなく、言葉による世界の「再発見」であり「創造」なのである。

言葉は現実をただ写し取る透明な鏡ではない。むしろ、言葉は私たちが世界をどのように切り取り、認識するかを方向づける色のついたレンズのようなものだ。私たちは言葉というレンズを通してしか世界を見られない。だから貧しい言葉しか持たない者は貧しい世界にしか住めない。逆に、豊かな言葉を持つ者は、同じ世界を見ても他には見えない豊潤な意味の層を読み取ることができる。

効率的な情報伝達だけを目的とするなら、言葉は可能な限り簡潔で無駄のない記号であるべきだ。しかしそれでは私たちの世界はひどく痩せ細ってしまうだろう。世界をより深く味わい、生を豊かにするには、既存のラベルを貼り替えるだけでなく、時には大胆に引き剥がし、自らの言葉で世界を名指し直そうとする詩的な態度が不可欠ではないだろうか。


【設問1】傍線部①「これまでただの『夕焼け』として見過ごされてきた光景が、新しい意味と表情を帯びて立ち上がってくる」とあるが、これは言葉が持つどのような働きによるものか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 言葉が対象の性質を科学的に分析・記述する働き。
  2. 言葉が新しい比喩や表現を用いることで対象の側面を照らし出し、認識を変容させる働き。
  3. 言葉が社会的な約束事として定着し、人々の共通認識を形成する働き。
  4. 言葉が論理的思考を助け、複雑な現象の因果関係を解明する働き。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 科学的分析ではなく、詩的な表現による認識の変化を指している。
  • 2. 「血の轍」という比喩がありふれた夕焼けに新たな意味を与え、私たちの見方を変容させていることから、この働きが該当する。
  • 3. 社会的共通認識の形成ではなく、個人の認識変容が問題となっている。
  • 4. 因果関係の解明ではなく、感性的な認識の豊かさが主題である。

【設問2】傍線部②「効率的な情報伝達だけを目的とするなら、言葉は可能な限り簡潔で無駄のない記号であるべきだ」という考え方に対して、筆者はどのような態度をとっているか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 現代社会では最も合理的で優れた考え方だと全面的に支持している。
  2. 一定の有用性は認めつつも、それだけでは世界の豊かさを見失うと警鐘を鳴らしている。
  3. 詩的表現より価値が劣る不完全な言語観だと完全に否定している。
  4. 科学技術の分野では有効だが、日常生活ではまったく役に立たないと考えている。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 筆者は「痩せ細る」と批判しており、全面的な支持ではない。
  • 2. 第一段落で記号としての有用性を認めながら、最終段落で限界を指摘し、詩的態度の重要性を説いている。
  • 3. 完全否定ではなく、バランスを重視している。
  • 4. 特定分野への限定論ではなく、人間と言葉の関わり全般を論じている。

【設問3】筆者によれば「貧しい言葉しか持たない者は貧しい世界にしか住めない」のはなぜか。その理由として最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 語彙力が不足すると他者とのコミュニケーションが円滑にできず社会的に孤立するから。
  2. 言葉は世界認識の枠組みであり、使える言葉が少なければ世界の多様な側面を捉えられないから。
  3. 表現力に乏しいと知性が低いと見なされ社会的成功の機会を失うから。
  4. 古典や名作を読むための語彙力がなければ人類の知恵を学べないから。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 社会的孤立ではなく、世界認識の問題として論じられている。
  • 2. 言葉を「レンズ」に例え、枠組みが貧しければ認識される世界も貧しくなると述べている。
  • 3. 社会的評価ではなく、内面的な認識の豊かさが主題である。
  • 4. 特定の読書行為への言及ではなく、言葉と世界の関わり方全般を論じている。

【設問4】本文で筆者が提唱する「詩的な態度」とはどのようなものか。次の中から一つ選べ。

  1. 難解な言葉を用いて知識を誇示しようとする虚栄心。
  2. 現実から目をそらし、美辞麗句だけの空想世界に浸ること。
  3. 言葉を単なる伝達手段とせず、世界を新たな視点で捉え直す創造的営み。
  4. 社会の常識や既成概念をすべて破壊しようとする反社会的思想。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 自己顕示とは無関係である。
  • 2. 現実逃避ではなく、現実を深く見つめ直す態度である。
  • 3. 言葉による「再発見」「創造」を「詩的な態度」として推奨しており、これが該当する。
  • 4. 破壊思想ではなく、認識の更新を目指す創造的営みである。

語句説明:
根幹(こんかん):物事の最も重要な中心部分。
轍(わだち):車輪が通った跡。ここでは比喩として「跡」や「痕跡」を指す。
豊潤(ほうじゅん):豊かで潤いがあること。
不可欠(ふかけつ):なくてはならないこと。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:69