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現代文対策問題 68

本文

現代社会では、「マニュアル」があらゆる場面で私たちの行動を規定している。コンビニの店員から企業の危機管理担当者まで、誰もが詳細なマニュアルに従うことを求められる。マニュアルは確かに業務の効率化や均質化に大きく貢献し、誰が作業しても一定の質が保証される安心感を与える。

しかしその一方で、私たちはマニュアルへの過剰な依存によって、ある重大な能力を失いつつあるのではないか。それは「自ら状況を判断し、創造的に問題を解決する能力」である。マニュアルはあらかじめ想定された状況に対する最適な「正解」を示してくれるが、現実の世界は常にマニュアルの想定を超えた不測の事態に満ちている。そのようなイレギュラーな事態に直面したとき、マニュアルという“思考の杖”を奪われた人間はあまりにも無力である

かつての職人や熟練工は、師から受け継いだ「型」を身体で覚え、それを土台にしながらも目の前の状況に応じて臨機応変に工夫を凝らしていた。彼らにとって技術とは固定された手順の暗記ではなく、生きた知恵の実践であった。マニュアルが与えられた地図だとすれば、彼らが持っていたのは未知の土地でも道を見つけ出せるコンパスのようなものだったと言えるかもしれない。

マニュアルへの思考の外部委託は私たちを楽にする。しかし同時に判断力を鈍らせ、思考を停止させる。効率性と引き換えに手放しつつあるものの真の価値について、今一度深く考えるべき時が来ているのではないだろうか。


【設問1】傍線部①「そのようなイレギュラーな事態に直面したとき、マニュアルという“思考の杖”を奪われた人間はあまりにも無力である」とあるが、これはなぜか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. マニュアルにない行動は責任問題に発展するため、誰も行動をためらうから。
  2. 常にマニュアルに従うことで、自ら状況を分析し判断する訓練ができず、応用力が欠如しているから。
  3. 不測の事態に対応できる高度な専門知識は一部のエリートだけが持っているから。
  4. イレギュラーな事態は個人の力では解決困難な構造的問題であることが多いから。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 責任問題については本文で触れられておらず、主題は能力の欠如である。
  • 2. 筆者はマニュアル依存によって「自ら状況を判断し創造的に問題解決する能力」を失うと指摘しており、想定外の事態で無力なのはこの応用力が育っていないためだと述べている。
  • 3. エリートの問題ではなく、一般にマニュアル依存がもたらす弊害を論じている。
  • 4. 構造的問題には言及せず、あくまで個人の思考力の問題として扱っている。

【設問2】傍線部②「マニュアルへの思考の外部委託は私たちを楽にする。しかし同時に判断力を鈍らせ、思考を停止させる」とあるが、これと同じ意味を述べているものを次の中から一つ選べ。

  1. 業務の効率化や均質化というメリットと引き換えに、私たちは思考する能力を失いつつある。
  2. マニュアルを作成する管理者と従う労働者の間に知性の格差が生まれている。
  3. 思考プロセスを他人に任せることでストレスは減るが、仕事のやりがいを失う。
  4. 現代社会を生き抜くには全判断を自分で行わず専門家に委ねることも必要である。
【正解と解説】

正解 → 1

  • 1. 「思考の外部委託」が「楽にする」という利点と、「判断力を鈍らせ思考を停止させる」という欠点を、それぞれ「効率化・均質化」と「思考能力の喪失」に言い換えており、本文と一致する。
  • 2. 階級的視点は本文にはない。
  • 3. やりがいの喪失には触れられていない。
  • 4. 筆者はマニュアル依存を批判しており、必要性を説く立場ではない。

【設問3】本文で述べられている「かつての職人や熟練工」が持っていた能力として最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. どんな状況でも常に完璧な手順を再現できる記憶力と集中力。
  2. 師の教えを絶対視し、忠実に守り抜く実直さと忍耐力。
  3. 基本の「型」を土台にしつつ、具体的状況に応じて柔軟に工夫を凝らす実践的応用力。
  4. 過去の慣習にとらわれず全く新しい方法を生み出す革命的発想力。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 完璧な手順再現はマニュアル的であり、本文が対比する職人の姿ではない。
  • 2. 絶対的忠実さではなく、土台を活かして応用する点が強調されている。
  • 3. 「型」を土台にしながら「臨機応変に工夫を凝らす」とある通り、この選択肢が的確である。
  • 4. 革命的発想ではなく、基本を踏まえた応用力が主題である。

【設問4】本文の要旨として最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. マニュアルは非効率で時代遅れなため即刻廃止し、個人裁量に任せるべきである。
  2. 現代社会ではマニュアルを正確に使いこなす能力こそ最重要なビジネススキルである。
  3. マニュアルの効率性や安心感を認めつつ、その過剰依存が思考力低下を招く問題を直視すべきである。
  4. かつての徒弟制度のように長期間かけて技術を習得する教育システムを再導入すべきである。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 筆者は即刻廃止を主張せず、マニュアルの利点も認めている。
  • 2. 使いこなし能力よりも、依存による弊害を問題視している。
  • 3. マニュアルの貢献を認めつつ「思考力低下」を警告するという両面を示しており、本文の要旨として最適である。
  • 4. 制度再導入には言及していない。

語句説明:
均質(きんしつ):性質や状態が一様でむらがないこと。
不測の事態(ふそくのじたい):予測できない思いがけない出来事。
臨機応変(りんきおうへん):その時々の状況に応じて適切に対応すること。
外部委託(がいぶいたく):業務や機能を外部に任せること。ここでは思考をマニュアルに委ねることを比喩している。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:68

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