現代文対策問題 66

本文

日本のコミュニケーション文化において、「曖昧さ」はしばしば否定的に語られる。結論をはっきり言わず、遠回しな表現を多用する態度は、非論理的で効率が悪いと見なされることが多い。とりわけ、直接的な意思表示を重んじる欧米的価値観からすれば、曖昧な表現は一種の欠陥のように映るかもしれない。

しかし、私はこの「曖昧さ」を単なる欠点として切り捨てるべきではないと考える。むしろ、それは高度に洗練された社会的知恵として、積極的に機能してきたのではないか。たとえば、相手の提案を直接的に「ノー」と否定せず、「検討します」と含みを持たせて返す。この表現は単なる意思決定の先延ばしではなく、相手の面子を立て、その場の人間関係の調和を保つ潤滑油として働いているのである。

言葉と言葉のあいだに意図的に生まれる「曖昧」な空間は、言外の意味を互いに察し合うことを促す。つまり、コミュニケーションを単なる情報伝達にとどめず、互いの心を読み解こうとする高度な心理的営みへと高めるのだ。すべてを言葉で明確に規定するコミュニケーションは一見効率的に見えるが、同時に思いやりや想像力の余地を奪ってしまう。

もちろん、曖昧さが誤解や無責任の温床となる場合もある。しかし、それだけでこの文化的価値を全否定するのは早計である。直接性と間接性、明確さと曖昧さ──両者の価値を理解し、状況に応じて使い分ける柔軟さこそが、真に豊かなコミュニケーション能力と言えるのではないだろうか。


【設問1】傍線部①「相手の面子を立て、その場の人間関係の調和を保つ潤滑油」とあるが、これは曖昧な表現が持つどのような機能について説明したものか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 相手との直接的な対立を避け、互いの尊厳を傷つけずに円滑な人間関係を維持する機能。
  2. 自分の本心を相手に悟られないよう巧妙に隠し、交渉を有利に進めるための戦略的機能。
  3. 結論を保留にして情報を集め、時間をかけて最善の判断を下す実用的機能。
  4. 場の雰囲気を和ませ、会話をよりユーモラスで楽しいものにする娯楽的機能。
【正解と解説】

正解 → 1

  • 1. 「面子を立てる」は相手のプライドを傷つけず、「調和を保つ」は対立を避けることを指し、曖昧表現が円滑な関係維持に寄与することを示している。
  • 2. 本文では駆け引き的な意図を強調しておらず、主眼は人間関係の調和にある。
  • 3. 意思決定の先延ばしではなく、人間関係を円滑にする役割として描かれている。
  • 4. ユーモアや楽しさではなく、社会的配慮としての機能である。

【設問2】傍線部②「すべてを言葉で明確に規定するコミュニケーション」が問題視されている理由として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 言葉の定義は人によって微妙に異なるため、完全な明確さを求めることは原理的に不可能だから。
  2. 明確な言葉は相手に逃げ場を与えず、精神的に追い詰める危険性があるから。
  3. 言葉ですべてを説明し尽くすと、相手を思いやる想像力の余地を奪ってしまうから。
  4. あまりに直接的な表現は知的でなく、洗練を欠くという文化的印象を与えるから。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 言語哲学の問題ではなく、コミュニケーションの質として論じられている。
  • 2. 精神的圧迫については触れられておらず、想像力の欠如が問題視されている。
  • 3. 「思いやる想像力の余地を奪う」と明言されており、これが問題とされる直接的な理由である。
  • 4. 洗練度の問題ではなく、コミュニケーションの内面的質が主題である。

【設問3】筆者の考える「曖昧さ」の価値として最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 論理性を犠牲にすることで情緒的共感を生み出す、日本文化独特の表現方法。
  2. 言葉にされない真意を互いに想像し合うことで、高度で豊かなコミュニケーションを可能にする。
  3. 明確な自己主張を避けて集団内の波風を立てない処世術的機能。
  4. 解釈の余地を残すことで後から責任を回避できる防衛的機能。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 情緒的共感と論理性の対立は論じられておらず、文化独自性も強調されていない。
  • 2. 曖昧さが「言外の意図を察し合う」ことでコミュニケーションを高度化すると述べられており、この選択肢が最適である。
  • 3. 処世術的側面ではなく、積極的なコミュニケーションの豊かさが主題である。
  • 4. 防衛的な責任回避は本文の評価対象ではない。

【設問4】本文の趣旨として最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 日本の曖昧表現はグローバル社会では通用しない悪習である。
  2. コミュニケーションでは常に相手の立場を尊重し、直接的批判を避けるべきである。
  3. 曖昧さの負の側面だけでなく、人間関係を豊かにする文化的価値も再評価すべきである。
  4. 真の国際人となるためには日本の曖昧表現を捨て、欧米的な直接表現を学ぶべきである。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 筆者は曖昧さを擁護しており、この選択肢は本文と逆の内容である。
  • 2. 直接批判を常に避けるとは述べておらず、使い分けの柔軟性を説いている。
  • 3. 曖昧さの負の面を認めつつ文化的価値の再評価を主張しており、本文の趣旨を的確に要約している。
  • 4. 直接表現への転換を推奨する主張は本文に存在しない。

語句説明:
是とする(ぜとする):正しいと認めること。
含み(ふくみ):言葉に込められた別の意味や意図。
言外(げんがい):言葉に表れない意味。
温床(おんしょう):悪い事柄が発生・増長しやすい場所や状況のたとえ。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:66